ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2025年 其の七

大山淳子『あずかりやさん~まぼろしチャーハン』

 今日は読書の話題です。最近読んだ本2冊について。

 1冊目は、大山淳子の『あずかりやさん~まぼろしチャーハン』。「あずかりやさん」シリーズの4冊目だ。この本も、文庫本のブックカバーの上に、おなじみのオリジナルカバーがついていた。短編が4編に、「まぼろしチャーハン」という8ページの掌編が1編収録。

おなじみのオリジナルカバー

 全編通して、やはり話の展開が上手い。例えば最初の「ラブレター」という話。主人公のイケてない男子学生がクリスマスイブに寒さに震えながらカフェのテラス席で待つ場面から始まり、それが5年前、彼が双子の弟へのラブレターをこっそり読んでしまったというエピソードに移り、その女性が姿を現し、だんだん謎が解けるようにして話が展開していく。読者が話の続きを知りたくて、ページを次々とめくっていくようになっている。

 どの作品もおもしろかったが、個人的には「高倉健の夢」が好みだったので、その作品にしぼって感想を。

「高倉健の夢」

 この話の語り手は古い鞄。場面は都内の河川敷から始まる。そこで生活する3人のホームレスは、生まれ持った名前を捨て、自らに贔屓の映画俳優の名前を付けている。題名の高倉健とは、その中の一人のことだ。彼らは福祉施設に収容されることを拒否し、河川敷に住まいを築き生きているが、アパートを共同で借りる夢を実現させる資金として、高倉健が拾った古い鞄にゴミ収集や小銭拾いで貯めた金を入れている。ところが翌日、警察がやってくるという情報が入り、大きな鞄の置き場に困った彼らは、一晩だけ預けようと「あずかりや」を訪ねる。

 店主の桐島は、一晩かけて預かった鞄をきれいに磨くが、そこで、鞄が実はルイ・ヴィトンの年代物で、たいへんな値打ちがある品であることが分かる。桐島は、三人にそれを話し、彼らに代わってネットオークションに出品すると、百万円で落札される。品物を受け取ろうとやってきた女性は、その鞄の元の持ち主で、家に曾祖父から代々受け継がれてきた金に換えられない大切な品だと話す。

 ざっとこういう展開の話なのだが、三人のホームレスたちの人生と、鞄の元の持ち主であった女性の人生とが、ひとつの鞄を手がかりにして、みごとに描き出されていく。最後がハッピーエンドで終わるのもいい。あずかりやの店主である桐島は、そういった人々の人生を穏やかに見守り、結果的に人間ドラマの演出にも力を貸すことになる。シリーズ物として今も続いているのがよく分かる作品だった。

大山淳子『あずかりやさん~まぼろしチャーハン』

葉室麟『潮鳴り』

 2冊目は、葉室麟の『潮鳴り』。直木賞を受賞した『蜩ノ記』の後に続く、羽根藩シリーズと呼ばれる作品の2作目になる。

 主人公の伊吹櫂蔵は、硬骨漢として知られていたが、宴席で短慮のため失脚し、海辺の粗末な小屋で暮らし、酒と博打に溺れるすさんだ生活を送っている。そんなある日、家督を譲った義弟が切腹し、遺書から借金を巡る藩の裏切りに遭ったことを知る。出仕の機会を得た櫂蔵は、弟の遺志を果たそうと、再起を図り、大店の番頭だった俳諧師の咲庵らと立ち上がる。櫂蔵の前には様々な苦難が待ち受け、心の支えとなっていた妻となる女性であるお芳も失ってしまうが、志を失うことなく自分を貫き通し、最後には弟の無念を晴らす。

 葉室麟の作品は、『蜩ノ記』を以前に読んでいて、最近になって『秋月記』を読んだので、その印象が残っているが、この作品は、より読み物としてのおもしろさに力点が置かれているように思った。善玉、悪玉の色分けがはっきりしているし、時代劇に出てきそうな場面があったりする。読んでいて、最初のうちは主人公の櫂蔵という人物にあまり感情移入できなかったが、中盤あたり、染子とお芳の関係が描かれていくあたりから、話が重層的に展開していくようになり、しだいに話に引き込まれていくようになった。全体としては、面白く読めた。

 葉室麟は藤沢周平の流れを引く作家と言われている。藤沢周平は、時代小説では私がいちばん好きな作家だ。読んでいて、作品の背後にある作者の姿を感じさせず、登場人物が自然と目の前に現れてくる。『潮鳴り』は、「作り物感」とまではいかないが、藤沢作品と比べると、背後で話を動かしている作者の姿が感じられるところがあった。

葉室麟『潮鳴り』