長嶋有『猛スピードで母は』
今日は読書の話で、最近読んだ本2冊の感想。
1冊目は長嶋有の『猛スピードで母は』。ブックオフに立ち寄った時、100円コーナーで目についた。作者についての予備知識はゼロ。かなり以前の芥川賞受賞作で、題名が印象に残っていたというそれだけの理由で買ってみた。
80ページくらいの短編小説が2作。1作目が「サイドカーに犬」。
作者についての知識を入れないで、さっそく読み始める。読みやすい文章だ。語り手は女の子で、母が家出し、洋子さんという父の愛人が家にやってきた小4の夏休みの話が語られる。出だしで作者は女性かと思った。長嶋有というペンネームは男女どちらともとれる。また、書き方からサブカル系の雰囲気があった。30ページくらいまで読んで、ネットで作者の事を調べると、男性だったが、サブカル系の人というのは当たっていた。ブルボン小林の名で漫画・ゲーム批評などもやっている方だった。
小説はおもしろかった。傍若無人にふるまうが人懐っこく魅力的な父の愛人と過ごすひと夏の日々が、軽快なタッチで描かれる。出てくる大人たちは、みんなわがままで癖が強い。そして背景にあるのが昭和50年代頃の光景だ。コタツの天板をを裏返して男達が興じるマージャン、ゲームセンターで高得点を競ったパックマン、ガンダムのプラモデル、山口百恵の結婚。そういったものがちりばめられていて、ノスタルジックな気分に誘われる。情景が目の前に浮かんでくるような感じがあり、一気に読み終えてしまった。
2作目が芥川賞受賞作の「猛スピードで母は」。シングルマザーと小学生の息子の生活が描かれる。この母親も、強烈な個性を持ち、強い。子どもを育てるために仕事を選ばずひたすら働き、車のキーを閉めこんだら、団地の外壁の梯子を4階まで上り、自室のベランダに乗り移るという大胆な行動をする。
どちらの作品も、離婚、不倫といった事情を抱える大人たちの姿が子供の目線から描かれている。そして子どもたちは大人の身勝手な行動に振り回されつつも、たくましく生き成長していく。読後感がスッキリしているのは、女性がカッコよく描かれていることもあるからだろう。たまたま手に取って買って読んでみてよかった。
大山淳子『あずかりやさん~彼女の青い鳥』
2冊目は大山淳子の『あずかりやさん~彼女の青い鳥』。シリーズ3作目だ。例によって普通の文庫本のブックカバーの上に、オリジナルカバーがついている。短編が4編に、「青い鳥」という10ページの短い作品が1編。
前の2作に比べると、いまいちの作品もあったが、「スーパーボール」「かちかちかっちゃん」の2編はよかった。それでは、あらすじと感想を。
「スーパーボール」はある女性が語り手だ。この女性は毎日近所の百円ショップで三百円の買い物をしている。だがその日は四百円分買ってしまい、余分に買ったスーパーボールを「あずかりや」に預けに行く。話が進む中で、女性は74歳の老婆であることや、記憶障害があり、自分に都合の悪い記憶に「蓋を閉めて」いたことが分かる。店主の桐島との会話をきっかけに、女性は「閉じていた蓋をひとつひとつ開ける」ことを決め、家にあふれる百円グッズを「あずかりや」に預けるという形で片付けていく。百円グッズがなくなった後、押入れには高級ブランド品の時計やバッグが詰めこまれており、女性はそれも預けて片付ける。そしてすべての品物がなくなった時、姉との記憶がよみがえる。女性は過去を取り戻すために、ずっと以前に預けた品物について桐島に尋ねる。それは姉からの1通の封筒だった。
読んでいて初めのうちは、あまりピンとこなかったが、中盤あたりから、どんどん引き込まれていく話だった。主人公の女性の「蓋をされていた」記憶が次第に明らかになっていき、記憶から消し去っていた姉のことを思い出し、心に沁みるような結末へと導かれる。姉との関係が明らかにされるあたりの展開はやや強引なのだが、読んでいてそれを感じず話に入り込めるところは作者の上手いところだと思った。
「かちかちかっちゃん」は、ある文学賞(芥川賞)の授賞式の場面から始まる。受賞者は里田ぬるまという風采の上がらない初老の男性作家だ。
場面は過去に戻り、売れないミステリー作家の里田は女性編集者と喫茶店で話している。里田は30年前に書いた「カチカチカッチャン」という題名の小説を取り出すが受け取ってもらえない。この小説は、里田が書けない時に編集者に渡そうとする作品として、業界でも有名になっているのだ。落ち込んだ気分で町を歩いていた里田が雨やどりのため偶然入った店が「あずかりや」だった。そこで里田は「カチカチカッチャン」の原稿を預けようとする。そして桐島と語り合う中で、最後にこの小説の内容について語る。桐島は話を聞き涙ぐみ、原稿を預からずに返す。そしてこの小説は文芸誌に掲載され、脚光を浴びる。
この話が5編の中でいちばんよかった。読んでいて引き込まれる話であるとともに、作者がかなり力を入れて書いた作品という感じがした、特に、里田が「あずかりや」に入ってからの桐島との、そして店に来た少年とのやりとりを経て、作品に賭けてみようと決意するあたりの展開が上手かった。「カチカチカッチャン」や、作中に出てくる「刑事あめんぼシリーズ」を、思わず読んでみたくなった。