又吉直樹『火花』
今日は読書の話題で、最近読んだ本2冊の感想。
1冊目は又吉直樹の『火花』。9年前の芥川賞受賞作品で、当時、お笑い芸人が大きな文学賞を受賞したということで大きな話題になった。いつか読もうと思っているうちに結構間が空いてしまった。
芸人の世界を描いた作品というくらいの予備知識はあって、何となく芸人たちの群像を描いているようなイメージがあったのだが、違っていた。描かれているのは語り手の売れない若手漫才師の「僕」(徳永)と先輩芸人神谷との関係だ。一見天才肌で破天荒に見えるが弱さを抱える神谷に惹かれ、芸人としての過剰な自意識を持て余しながらも、誠実に生きていこうとする「僕」の姿が描かれている。
芥川賞は、純文学に与えられる賞だが、『火花』は読み物として面白く読めた。読みながら考えたのが、お笑い芸人と観客との関係ということで、テレビの中で消費されながら売れることと、自分の考える笑いをとことん追求することのジレンマといったことを思った。このあたり、書き出すと長くなりそうだ。
印象的な場面はいくつかあった。例えば、後半の方で、鹿谷という売れっ子になった後輩芸人を見て、神谷の相方の大林が「俺達がやってきた百本近い漫才を鹿谷は生まれた瞬間に超えてたんかもな」とつぶやき、「僕」がその「残酷な言葉」に叫びそうになるという場面。芸人の実感がこもっているように思えた。あれっと思ったのは、最後、再会した神谷が胸にシリコンをいれた姿で現れるというところで、こういう形で「オチをつける」ような話ではないのになと思った。
葉室麟『秋月記』
2冊目は葉室麟の『秋月記』。時代小説を読みたくなって買ってみた。葉室麟の作品は、かなり前に直木賞を受賞した『蜩ノ記』を読んで以来で2冊目。その時の印象は、きっちりと誠実に作品を仕上げていく作家だということと、藤沢周平と作風が似ているということだった。藤沢周平は好きな作家で家に20冊ほどある。
話は、筑前の小藩秋月藩で、隠居してなお藩内に力を持つ、間余楽斎という藩士が、専横の振る舞いにより失脚するというところから始まる。これがプロローグのような位置づけで、そこから小四郎という名であった余楽斎の若き日々の回想という形で物語が始まる。
幼い頃犬に吠えられた妹を助けられなかった経験から「逃げない男」になろうと誓った小四郎は、仲間の藩士たちとともに、専横を極める家老の排斥に成功するが、その背後に本藩である福岡藩の思惑があり、小四郎らは利用されていたことが分かる。その後、小四郎は孤立し嫌われ者となることも辞さず、藩のために力を尽くしていく。
登場人物がたいへん多くストーリーも単純ではない。元となる史実がある作品ということで、前半部は特に、説明の部分が多いという印象があった。この作者らしく、細部まできっちりと仕上げられた作品だと感じたが、史伝的な歴史小説ではなく、時代小説なので、読み物として、そのあたりもう少し楽に話が頭に入っていき、乗っていける感じならいいのにと思った。また、主人公である小四郎の「情」の部分がいまいち伝わりきらない感じがあった。たぶん、「義」を貫くことを第一とする武士の生き方というものに、私自身が共感できないためだろう。
全体の構成では、小四郎が隠居してからの話がないが、冒頭に結び付けるには、その部分が必要なのではないかと思った。ただ、そこまで書き込んだら、上下巻に分けるほどの大作になる。プロットから考えると、それくらいのボリュームが必要な作品かもしれない。