ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

ミステリーの思い出⑩ ~ 松本清張 其の二

松本清張の短編

 今日は2週間ぶりに読書の話題でも。松本清張の話の続き。

 前回、松本清張の短編の個人的ベスト1は『家紋』だと書いたが、今回はその他の作品から2篇選んで感想を。前回と同様、ここからは作品の内容に触れるので、今から読む方で内容を知りたくない方は飛ばしてください。

『天城越え』

 この話は映画やドラマにもなっているのでよく知られている。ちなみに石川さゆりが歌う「天城越え」はこの小説のストーリーとは関係ない。天城越えというと、文学では、川端康成の『伊豆の踊子』が思い浮かぶが、清張がこの小説を書く際に川端康成の名作を意識していたということは、小説の冒頭に「私」の思いとして『伊豆の踊子』について触れていることから分かる。

 この話はミステリーとして読むと「意外な犯人」ということになる。文庫本で30ページほどの話だが、構成が巧みだ。大きく3つの章に分かれているが、最初の章では語り手の「私」が16歳の時、一人で家を出て、きれいな女と道連れになって天城峠を越えた時の淡い思い出が語られる。二つ目の章では、三十数年後、印刷業を営む「私」が警察の捜査記録集を読み、その時に起きて迷宮入りした殺人事件の詳細を知る。最後の章では、記録集の印刷を依頼した当時の刑事が「私」を訪ね、当時は気づかなかった「意外な犯人」について語る。そして最後の数ページで具体的な犯行の状況と動機が語られる。淡々とした筆致の中から、遠い昔の殺人事件の真実が浮かび上がっていく。松本清張という作家のすごさが凝縮されたような小説だった。

『天城越え』は「黒い画集」に収録

映像化された「天城越え」

 この作品の映像化されたものはドラマの方を観た。1978年NHKで放映されたものだが、私が観たのはかなり後だったので、再放送だろう。主なキャストは、現在の「私」が宇野重吉で少年時代の「私」が鶴見辰吾、女が大谷直子、殺される土工が佐藤慶といったところで役者も揃っている。このドラマも良かった。かなり原作に忠実に作られているが、女と土工の背景はかなり脚色して描いている。

 また、原作で少年(「私」)は16歳だが、ドラマでは12,3歳になっている。これは謎の解明に関わる氷倉に残された足跡に関わることだろう。大正時代と現代では男の子の体格は違うので、16歳で女の足と同じというのはちょっと無理があるといったところか。原作を先に読んでドラマを見るとそんな細部のことが気になったりする。最後に原作者の松本清張が、原作にない役どころで出演しているのもおもしろい。

『凶器』

 『天城越え』の感想が長くなったが、同じ短編集「黒い画集」の中からもう一篇だけ。『凶器』という作品がある。これは題名そのまま、殺人事件の凶器が見当たらず迷宮入りしてしまうが、数年後に事件担当の刑事がふとしたことから凶器が何であったか気づくという話。これも文庫本で40ページくらいの短編だが、意外な凶器というところで傑作である。しかも、いかにも日本的な凶器。さらりと書いた感があり、最後の一文にユーモアまで漂っているところもすごい。

 松本清張については、個々の作品について書いてみたいこともあるので、気が向いたらいつか。

秀作揃いの清張の短編集