柚月裕子『盤上の向日葵』
今日は読書の話題。最近読んだミステリー2冊について。
1冊目は柚月裕子の『盤上の向日葵』。私は将棋の腕はさっぱりだが、見るのは好きだ。そこでこの本がブックオフで文庫の上下巻とも百円で売っていたので買ってみた。作者についての知識はないが、この年の本屋大賞2位の作品なので、外れはないだろうと思い読んだ。
細かく章立てがしてあって、まず序章が将棋の最高位を決めるタイトル戦である竜昇戦(竜王戦を思わせる)の場面。七番勝負は最終局までもつれ、タイトル保持者の壬生(羽生を思わせる)に業界から特例でプロ入りした異色棋士上条圭介が挑戦している。そしてそれを石破と佐野(佐野はかつて棋士を目指していて挫折した男)という二人の刑事が見守る。二人は上条に目を付けていることがその時点で分かる。
第一章から後は、その4か月前の夏、山中で白骨死体が名匠の将棋駒とともに発見された事件を担当する石破と佐野の捜査と、上条圭介の生い立ちからの半生が章ごとに交互に語られる。そして次第にその二つの線が結び付いていくという筋立てになっている。
まず最初の数章を読み進めて、特に圭介の章で設定の甘い所が気になった。例えば小学校3年生の圭介は、古紙回収に出した将棋本を抜き取っていることから唐沢の目に留まるのだが、アマ3段の唐沢と将棋を指すと六枚落ちでも負ける。将来プロになりタイトルを争う才能の持ち主が、独学でも将棋本を読んで勉強していてそんな弱いはずはない。小学生で大人を簡単に負かすような子供の中のほんの一握りがプロになるという世界なのだ。そういった箇所がいくつかあった。
文章は読みやすく、話も下巻に入り真剣師の東明重慶が登場してくるあたりから、俄然おもしろくなってくる。特に十一章、十二章がいい。そのあたりは読者の評価が高いだけあるという感じがした。ただ、圭介が自分の出生の秘密を知ったことから「身体に流れる狂った血」を意識し、死への関心を抱くという展開はどうかと思った。また、書き出しが結末を暗示するような場面から始まっているからには、最後にもうひとひねりあるのかと思ったが、そうではなかった。
全体としては、途中からおもしろくなってきた話だが、最後は何かすっきりしない終わり方で、後味があまりよくない作品だった。
貫井徳郎『慟哭』
2冊目は貫井徳郎の『慟哭』。初めて読む作家で、新規開拓のつもりで読んだ。発表されたのは、もう30年ほど前になる。
この作品が発表された数年前に、首都圏で、世間を震撼させた宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件が発生しているが、巻末の参考文献にもあるように、この事件がこの作品のヒントになっているのだろう。
話は連続幼女誘拐殺人事件の捜査に当たる、捜査一課長の佐伯の苦悩する姿を描いた章と、新興宗教にはまっていく松本という男の章が交互に語られる。佐伯は有力政治家の子で、警察庁長官を妻に持つエリートだが、妻子と別居し愛人がいる。捜査が行き詰まり新たな被害者が出て検察に対する批判が強まる中で、愛人の元を訪れる佐伯の姿が週刊誌に暴かれ、彼はさらに窮地に陥る。話の中盤で、松本が自分の娘を殺された被害者であることが明かされる。狂気にとらわれた松本は、教団での儀式に参加したことから、娘の命を蘇らせる死者復活の儀式を自分の手で行おうとし、娘の霊を宿らせる依代としての幼い女の子を探し連れ去る。そしてそこで悲劇が生まれる。
犯人のやり過ぎた行為によって犯行が明るみに出るといった結末かと思い、読み進めていたが、最後で大きなどんでん返しがあった。さすがにこれは大きな「ネタバレ」になるので紹介できないが、最近読んだミステリーでは、かなりの「大技」だった。この作者の初期の作品とのことで、表現や人物描写には粗いところがあり、突っ込みどころはあるのだが、全体的にはたいへんおもしろかった。
ちなみに、読んだ後でネットで読者のレビューなどのぞいてみるのだが、「慟哭」は☆1つの否定的な感想もあり、評価が分かれる作品なのかと思った。