中島京子『長いお別れ』
今日はクリスマスイブですが、関係ない読書の話題。最近読んだ本2冊の感想を描きます。
1冊目は中島京子の『長いお別れ』。中島京子の作品は、去年『小さいおうち』を初めて読んで以来なので2冊目。ブックオフでなんとなく買った。題名の『長いお別れ』はチャンドラーの名作の題名と同じだが、アメリカで認知症のことをそう表現することもあるというのが、この小説の最後の方で出てきた。
連作短編集で、8つの話が収録されている。内容は、認知症になった元中学校校長の東昇平をめぐって起こる出来事。その妻である曜子と三人の娘がそれぞれの人生を精一杯生きる中で、いたわり合い、ある時は感情をぶつけ合いながらも昇平と関わっていく様子が描かれている。
冒頭の「全地球方位システム」は、夜の遊園地が舞台となる。大人の付き添いがないためメリーゴーランドに乗れない幼い姉妹と、行き先も分からず徘徊する昇平が出会い、いっしょにメリーゴーランドに乗る。ファンタジーのような雰囲気も感じさせる作品だ。
ただ、話が進むにつれて、認知症の老人を介護する家族の姿がリアリティーを伴って描き出されていく。曜子は網膜剥離で緊急手術のため入院し、認知症がさらに進んだ昇平の体調はさらに悪化し、娘たちは厳しい現実の前に途方に暮れながらも、助け合って解決策を模索する。そして昇平は最期を迎えるのだが、作者はそれを直接描くのではなく、アメリカに住む孫の崇が、校長先生に祖父の死の事実を告げるという形で話を閉じる。いい終わり方だと思った。
認知症となった家族の介護という、深刻かつ現実的な問題を、ユーモアも交えながら、読者の心に沁みるように表現した小説だった。
『名短篇、ここにあり』北村薫・宮部みゆき編
12人の作家の短編を集めたもの。私はアンソロジーはあまり読まないが、目次を見ると、好きな作家の未読の作品や、今まで手に取ったことのない有名な作家の作品が収録されていたので買ってみた。ひと昔前の作品ばかりで、学生時代の読書を思い出させてくれ、懐かしい気持ちになった。ただ、代表作というより、この作家がこんな作品をといった選び方で、当たり外れがあった。
感想は、読書レビューによくある☆方式(☆5つが満点)で書いてみた。
『となりの宇宙人』半村良 ☆☆
ドタバタ系のSFといった話。この分野は、昔筒井康隆の小説が好きだったが、この作品は、いまいちねらっている笑いが心に響かなかった。
『冷たい仕事」黒井千次 ☆☆☆
黒井千次は昔から文体や作品の雰囲気と相性がよく、好きな作家だ。この作品はまずますといったところ。
『むかしばなし」小松左京 ☆☆☆☆
おもしろかった。結末のオチもよかった。勘のいい人は途中で気づくのだろうが、私は最後の方まで分からなかった。
『かくし芸の男』城山三郎 ☆☆☆
昭和のサラリーマンの悲哀をユーモアでくるんで描いた作品。最後もうひとひねりあるかと思ったが、それはなかった。
『少女架刑』吉村昭 ☆☆☆☆☆
少女の死体が語り手となって、献体として大学病院で解剖され、灰になるまでが描かれている。いちばん衝撃的な作品だった。
『あしたの夕刊』』吉行淳之介 ☆☆☆☆
好きな作家。題名から想像される展開を下敷きにしているのだが、そこからひとひねりさせたところがよかった。
『穴ー考える人たち』山口瞳 ☆
私の感性では、作品のおもしろさが分からなかった。
『網』多岐川恭 ☆☆
ミステリー風の作品。主人公が企てる殺人の方法が非現実的過ぎて話に入っていけなかった。ただ、連作短編の1作目とのことで、続けて読めば印象が変わるかもしれないと思った。
『少年探偵』戸板康二 ☆☆☆☆
単純な筋書きなのだが、読みやすくおもしろかった。
『誤訳』松本清張 ☆☆☆
人間心理を描いたいかにも清張らしい作品だが、清張の短編に関しては、もっとすばらしい作品をたくさん読んでいるので、あえて☆3つに。
『考える人』井上靖 ☆☆☆☆
今はあまり見なくなったエッセイ風の短編。即身仏の木乃伊を題材にしている。淡々とした展開だが、文章がいいので惹きつけられる。
『鬼』円地文子 ☆☆☆☆
円地文子は「源氏物語」の現代語訳というイメージがあったが、小説もすばらしい。よくできた短編だと思った。