ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

ミステリーの思い出⑨ ~ 松本清張 其の一

雨なので読書の話題でも

 朝から雨で朝の散歩はなしにする。近畿も梅雨入り宣言が出る模様。平日のブログはほぼ散歩の時の風景を書いているので、今日はひさしぶりに読書の話題でも。松本清張のことを書いてみる。

松本清張という作家

 松本清張といえば日本のミステリーの世界では言わずと知れた大巨匠で、推理小説以外にもノンフィクションや歴史小説など、創作は広い領域に渡る。私が初めて読んだのが確か『点と線』で、学生の頃だった。その頃は本屋に行くと、文庫本の棚に清張の新潮文庫の臙脂色の背表紙がずらりと1段には収まりきらないほど並んでいた記憶がある。

 清張は若い頃、貧しい生活の中で苦労した人物だ。最初に書いた小説『西郷札』が懸賞小説に入選したのが41歳なので、芥川龍之介や太宰治などとうに世を去っている年齢である。『点と線』を発表して社会派推理小説ブームが起きるのが49歳で、これは夏目漱石が死んだ年齢。かなり遅咲きの作家なのだ。

 私がおもしろいと思ったエピソード。清張の長編小説は、抽象的な題名のものが多い。『蒼い描点』『地の骨』『空の城』等々。これは雑誌や新聞に何本も連載を抱える売れっ子作家だったので、書き始める直前まで内容が決まっていないものが多く、とりあえず予告しなければならないので、どんな内容でも通用するような題名をつけて書き始めるのが常だったとのこと。すごい話だ。

長編の名作も数多い

清張の短編小説

 膨大な作品がある作家なので、もちろんすべて読んではいない。たぶん長編、短編集を十数冊ずつほどだと思うので、全作品の五分の一くらいだろう。個人的な感想を書くと、清張は短編がいい。長編ももちろんだが、短編は完成度が高く、何回読み返してもおもしろい作品が多い。

『家紋』

 ここからは作品の内容に触れるので、今から読む方で内容を知りたくない方は飛ばしてください!

 清張の短編で一つだけ選べと言われたら上げるのが『家紋』。これは短編集「死の枝」に収録されていた。文庫本で30ページくらいの小説だが、静かな中に底知れぬ怖さが漂い、しかも謎解きの興味も味わえる作品である。

 物語の舞台は北陸地方の村。報恩講の終わりのある雪の夜、旧家の本家からの使いに呼び出されて家を出た夫婦が、途中の川堤で無残に喉と腹を抉られて殺される。犯人は二人を別々に呼び出した、頭巾を目深にかぶり、本家の定紋である丸に揚羽蝶の紋が入った提灯を提げ、釣鐘マントを着た謎の男だと思われるが、正体が分からず、事件は迷宮入りとなる。

 小説の後半三分の一は、殺された夫婦の一人娘であった雪代の視点から話が進む。両親が殺された時五歳の幼児であった雪代は、九州の親戚の家に引き取られ、やがて結婚する。彼女が十八歳になって故郷に帰った時のできごと、そして結婚後、寺である夫の実家に行った時のできごとが描かれ、その中から事件の真相が彼女の頭に浮かび上がってくる。前半で提示された謎が、話の自然な展開の中で、最後に解けて行くのはみごとで、しかもそのあたりの描写が何回読み返しても上手い。

 といわけで、私の清張作品の私のベスト1は『家紋』なのである。

『家紋』は短編集「死の枝」に収録

☆松本清張については次に続きます