ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2023年 其の六

短編集を読む

 今日は読書の話題です。最近読んだ短編集を2冊。

 短編集を買った時、好きな作家であっても、すべての作品がすばらしいと思えることはまずない。ただ、その中でぐっと心がひきつけられる作品がいくつかあれば十分だと思う。それは好きな歌手のCDアルバムを買って聴く時と似ている。

村上春樹『一人称単数』

 まず1冊目は村上春樹の『一人称単数』。

 私は村上春樹の本はデビュー作の『風の歌を聴け』から、本が出るのとほぼ同時期に読んでいたのだが、最近はあまり読んでいない。個人的には初期の作品の方が好きで、それは短編も同じだ。たとえば『中国行きのスロウ・ボート』収録の「午後の最後の芝生」など、短編集を買うと必ず好きな作品があった。

 というわけで、前置きが長くなったが、この『一人称単数』に収録されている8編の小説のうち、昔のように特に心惹かれる作品はなかった。ちょっとおもしろかった作品を1編だけ上げると最後の「一人称単数」。この小説で、主人公の「僕」(作者を思わせる)は、普段身につけないスーツを着てネクタイを締め、初めてのバーに入りウォッカ・ギムレットを注文して小説を読み、自分の人生について思い巡らす。このあたり、いかにも世間が思う村上春樹的な世界なのだが、そこで隣に座った女性から難癖をつけられる。「そんなことをしていてなにか愉しい?」「洒落たかっこうをして、一人でバーのカウンターに座って、ギムレットを飲みながら、寡黙に読書に耽って」「そういうのが素敵だとか思っているわけ?」

 私はこのあたり、女の言葉を村上春樹的な世界そのものに対する「突っ込み」として読んで、おもしろかった。村上春樹はそういった自分の姿勢自体を相対化するような書き方はしないという印象があったので。ただ、作者にそのような意図があったかどうかは分からない。

村上春樹『一人称単数』

荻原浩『海の見える理髪店』

 荻原浩は初めて読む作家だ。『海の見える理髪店』は短編集で、直木賞の受賞作。文庫本で40ページくらいの短編が6編収録されている。

 読み終えた感想はまずまずといったところ。親子、夫婦といった家族の関係を中心にした話で、文章は読みやすく、細部まで丁寧に書かれている。たとえば冒頭の、短編集の題名にもなっている「海の見える理髪店」では「僕」が散髪をしている間の理髪店の老店主の話で小説が進んでいくのだが、髪を切る描写が感覚として具体的に読者に伝わってくる。よくある題材なのだが、展開はどの話も一ひねりあり、感動ポイントもしっかりと用意されている。

 ただ、上手く書かれているだけに、「作った話」という感じがあり、話の中に入り込めない作品もあった。夫婦を描いた2編「遠くから来た手紙」「成人式」は特にその感じが強く、話の展開もあまり私の感覚には合わなかった。よかったのは「いつか来た道」と「空は今日もスカイ」。「いつか来た道」は子どもの頃、母親に束縛されてきた女性が老いた母を訪ね、自分を見つめ直すといったところが自然に心に入ってきた。「空は今日もスカイ」は少女が主人公で読み始めはいまいちだったが、途中の男の子と出会うあたりから話に引き込まれるようになってきた。

 読み終え、長編をもう一作くらい読んでみたい気になった。

荻原浩『海の見える理髪店』