ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2023年 其の二

伊坂幸太郎『重力ピエロ』

 ひさしぶりに読書の話題です。

 今年になってから読んだ本の中から2冊。まず1冊目は伊坂幸太郎。

 伊坂幸太郎の本を読むのは初めてだ。その作家の作品の中で、自分に合うものと合わないものがある場合、最初に合わないのを読んでしまうとそこで終わりにしてしまったりするので、どの本を読むか迷うのだが、選んだのが『重力ピエロ』。

 冒頭の「春が二階から落ちてきた」というツカミの一行から、最初の数ページを読んで、才気あふれる文章に感心したのだが、読み進めるにしたがって、なにかしっくりこない感じが出てくる。なかなか作品の中に入っていけないのだ。

 叙述は「私」の一人称で語られるが、主人公は「私」の弟の春と考えていいだろう。春は芸術的な才能を持つ美青年だが、重い出生の秘密を背負っており、それは小説の最初の方で語られる。話は仙台の町を舞台にし、連続放火事件の謎を「私」と春の兄弟が追い、そこにユニークな二人の父と、その他の登場人物も絡んで進んでいく。最後に物語の中で出てきた伏線がみごとに回収され、結末となる。

 小説としてはよくできた話で、重いテーマをウィットに富む軽妙な筆で描いているところに作者の文才が強く感じられるのだが、「作り物感」が強く、登場人物が生身の人間として私の中には入ってこなかった。空想的な話でも、小説の世界が生きたものとして心の中に入ってくる話はどんどん読み進めていけるのだが、読みやすい文体の割には読むのに時間がかかってしまった。この作品に限っては、私にとってあまり相性の良くない作家なのかもしれない。

『重力ピエロ』

浅田次郎『帰郷』

 浅田次郎の作品は、今まで4,5冊ほど読んでいる。ずっと短編集ばかりで去年の夏、初めて長編の『天国までの百マイル』を読んだ。作品との相性がドンピシャとまではいかないが、外れはない。何より文章が抜群に上手いので、気持ちよく読み進めていくことができる。

 さて、この『帰郷』という作品集は、戦争をテーマにした短編集で、この作者の小説の中では純文学寄りの作品という印象だった。したがって、今まで読んだ作品よりも少し時間がかかったが、読みごたえがあるという時間のかかり方だった。

 浅田次郎は1951年生まれなので、親が戦争を体験した戦後第一世代だ。この作品集の中には、戦争中の一場面を描いたもの、戦後間もない時期を描いたもの、戦後十数年を経た時期を舞台にしたものがあるが、すべて海外で玉砕し死に直面した部隊にいた兵士が登場する。

 「鉄の沈黙」は戦争の場面をリアルな形で描いているが、後の作品は、戦後に生き残った兵士の回想や、戦時中の兵士と昭和の自衛隊員が時空を超えて遭遇する話、死を覚悟した海軍予備学生の夢というように、様々な描き方で戦争の姿を捉えている。全編よかったが、戦争を経て生き残った兵士の目から戦争を描いた「帰郷」と「金鵄のもとに」が特に心に響いた。私は昭和40年代に小学生だった世代だが、幼い頃、路傍に座り物乞いをしている足を失った傷痍軍人の姿を見た記憶がある。何も分からない頃だったので、その姿を見て恐ろしいものという印象しかなかった。この本を読んで、そんなことも思い出したのだった。

『帰郷』