ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2023年 其の七

道尾秀介『カラスの親指』

 今日は久しぶりに読書の話題で、最近読んだ2冊の本の感想です。

 1冊目は道尾秀介の『カラスの親指』。

 道尾秀介の本は、10年ほど前に『ソロモンの犬』を読んで以来2冊目だ。『ソロモンの犬』がいまいちだったので、次を読むことをしなかったのだが、久しぶりに読んでみようと思い、ネットで評価が高かったこの本を買ってみた。

 読み始めは、なかなかいい感じ。主人公の武沢と相棒のテツの詐欺師のコンビの話はテンポよく進み読みやすく、小さなミスリードを誘う表現が随所に散りばめられており、それもうまく決まっていて、どんどんページをめくりたくなる。武沢たちがヤミ金組織からどう身をかわすかといったところの興味もあり、自然に話の中に入り込んで読み進められる感じだった。

 それが、まひろとやひろの姉妹に貫太郎が登場人物として加わってきて、テンポよく読み進めなくなる。理由は、後から登場してきた3人の人物のキャラクターがあまり好きになれないということで、これは私個人の好みの問題なので、逆の感想を抱く人もいるだろう。

 この小説は、最後に大きなどんでん返しが用意されていて、それをどう捉えるかで評価が分かれると思うが、私はどうも、作者に鮮やかにしてやられたとは感じられなかった。武沢らがヤミ金組織にひと泡吹かせようとして、結局相手の手の内で踊らされていたというくだりがあるのだが、最後、組織の連中が武沢らを捕らえながらそのまま逃がすというあたりが不自然で、何か釈然としない感じがその時点で漂っているのだ。それから、まひろとやひろが母を自殺にまで追い込んだ武沢を許すという心理も十分納得はいかなかった。私はひょっとしたらそこに大きな仕掛けがあるのではないかと思ったのだが。

 というわけで、よくできた小説だと思うが、個人的感想としては、高評価とまではいかなかった。

道尾秀介『カラスの親指』

中島京子『小さいおうち』

  この作家の作品は読んだことがなかったが、ブックオフでたまたま見つけて買ってみた。2010年の直木賞受賞作品。

 東北から東京に出てきて、昭和初期から終戦まで女中奉公をした女性タキの手記という形で話が展開し、読んでいくうちに小説の世界に引き込まれる。文体や話の雰囲気がたいへんいい。日本が戦争に向かっていく時代の家庭の雰囲気が細やかに描かれており、ノスタルジックな気持ちになる。フィクションであるのだが、実際の手記を読んでいるような感じがした。後でこの年の直木賞の選評のまとめのようなものを読んでみて、その中で時子の身に起きた恋愛事件の扱いが物足りないといった評があったが、このくらいでとどめておいてあえて示さないという書き方が、小説全体のバランスの上でもいいのではないかと感じた。

 この小説では、最終章で視点が変わり、タキの手記を読んでいた甥の健史によって話が語られる。健史は漫画家となったイタクラ・ショージ(板倉正治)の記念館を訪れ、その作品から、家の中の二人の女性と男の子という三人の世界を、それを描いた正治の目を通して見る。そしてタキの主人であった時子の息子平井恭一に会いに行き、タキの遺品の中にあった時子の未開封の手紙を開けて読むところで話が終わる。これはこの小説の世界を閉じるいちばんいい終わり方だと思った。

 激しく心が揺さぶられるというわけではないが、心の奥にそっとしみ入るような静かな感動を与えてくれる小説だった。

中島京子『小さいおうち』