ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 柳美里「JR上野駅公園口」

柳美里の文章

 今日は読書の話題。今回は、ごく最近読んだ本「JR上野駅公園口」の感想を書きたい。2020年の全米図書賞(翻訳部門)を受賞した作品である。

 柳美里の文章は、週刊朝日に連載されていた「家族の標本」というエッセイを読んだのが最初だった。週刊朝日は家で購読している雑誌である。週刊誌の連載物は、①楽しみにしていて真っ先に読むもの、②一応目を通すもの、③あまり読まないもの、といった感じにだいたい分かれるが、「家族の標本」は文句なしに①であった。

 連載時期は30年近く前で、作者がまだ本格的に小説を書く前の、20代半ばくらいのときに書かれたものである。実在する様々な家族をモデルに、その逸話を短くまとめたもので、エッセイというより短編小説という趣があり、たいへん言葉の使い方が的確でうまいと思ったことを覚えている。この本は再読したくなって、また文庫で買ってしまった。

f:id:naraneko:20210824133731j:plain

「家族の標本」

 柳美里の作品だが、近年は私の読書量自体が減っていることもあり、あまり触れていなかったが、本棚を見ると、文庫が何冊か並んでいた。一時期よく読んでいた作家である。

f:id:naraneko:20210824140515j:plain

柳美里の作品

「JR上野駅公園口」 

 さて、「JR上野駅公園口」だが、最近私自身あまりに本を読まなくなっているので危機感を覚え、10日ほど前に本屋に入り何かないかと見渡す中で、ふと手に取って買ったものである。小説についてブログで取り上げるとき、未読の方がいるのであまり具体的な内容に触れられないのが残念だが、簡単に感想を書く。

 単行本として刊行されたのは2014年なので、7年前である。主人公は、福島県出身で、東京上野でホームレスとして生きる一人の男。高度経済成長期の中、家族のために出稼ぎに出て困難に耐えて生きてきた人生を描いている。この小説が刊行された年は、東日本大震災の傷跡が大きく残る中で、明るい光によってその傷跡を無理やり覆い隠すかのように、東京オリンピック開催が決定した時期である。新型コロナの下、1年遅れのオリンピックが開かれた現在の日本の状況や空気を執筆時の作者が予測できたはずはないが、現代の日本の光に隠された闇がみごとに描かれている。構想後、数多くの取材を重ねて完成された力作だと感じた。今の時期に偶然手に取ることができてよかった。以下、2014年に書かれたあとがきの作者の言葉からの引用。7年前にこれを書くことができたとは、恐るべき慧眼だ。

 ~多くの人々が、希望のレンズを通して六年後の東京オリンピックを見ているからこそ、わたしはそのレンズではピントが合わないものを見てしまいます。「感動」や「熱狂」の後先をー

f:id:naraneko:20210824145206j:plain

「JR上野駅公園口」