坪田譲治の魅力
昨日、「少年少女世界文学全集」の中の「現代日本童話集」を子どものころ、すりきれるほど読んだことを書いたが、その中の作家の中で、さらに興味を持った一人が坪田譲治だった。
この本には「魔法」「ペルーの話」の二編が収められていてた。そのうち「魔法」がいわゆる「善太と三平もの」の短編で、この作品自体はそれほどおもしろいとは思わなかったが、ちょうど家に「子供の四季」の文庫本があり、たまたま手にとって夢中で読んだ。小学校高学年くらいだったと思う。
子供の四季
この作品は長編だが、善太と三平の兄弟を中心とした子どもたちが、生き生きと描かれていて、読んでいる当時の私自身が彼らと同じ世代の小学生の子どもなので、すっと感情移入して物語の中に入っていけた。大人たちの世界の持つ厳しい現実の世界とぶつかりながらも、屈折することなく明るく生きる二人の姿には、読んでいて元気づけられた。読後感のたいへんいい本で、この本に偶然出会えたのは幸運だった。
善太の四季
坪田譲治の本についてもう一作、たいへん印象に残った作品がある。「善太の四季」という作品で、これは「風の中の子供」という文庫本の作品集の中の一短編で、大人になってから読んだのだが、特筆したいのはその結末である。
善太と三平の兄弟のほのぼのとした交流を描く、おなじみの作品で、題名の通り、秋、冬、春と三つのエピソードが語られ、最後は夏、八月の話になるのだが、その最後で、なんと善太少年が川に落ちて溺れ死んでしまうのである。
泣いている弟三平を喜ばせようと、橋の上で飛び跳ねている善太は橋の上から川に落ちてしまう。情景がずっと善太の視点から描かれていたのが、すっと三平の視点からの描写に変わり、章が変わり最後に母の思いの中の四季の善太の姿が抑えた筆致で描かれる。子どもの死を、ある意味もっとも美しく描いた小説ではないかと思う。
写真は朝の散歩中に撮ったものです。
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