ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 北杜夫②

台風接近

 台風が近づいているらしい。朝から外を歩くが、なんとなく重い空気。少し歩いて帰宅。今日一日仕事に出れば連休ということで、少し気持ちを引き締める。下の写真は、散歩中の畑の中の彩り。

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赤いピーマンとナスの実

楡家の人びと

 今日は読書の話題。9月9日の北杜夫の話の続き。

 北杜夫のどくとるマンボウシリーズを始めとする独特のユーモアあるエッセイや読み物を愛読していたことは前回に書いた。今回は北杜夫の小説の魅力について書こうと思う。取り上げる作品は「楡家の人びと」と「幽霊」。

 「楡家の人びと」は新潮文庫で読んだのだが、文庫本でかなりのページのものが上下巻に分かれている、長編の大作である。北杜夫は自身が精神科の医者であり、父である歌人の斎藤茂吉も、その義父も東京青山脳病院の院長だった。そういった祖父から続く大病院に生きる自らの一族をモデルにして、その中の人間模様を大正から昭和の終戦後まで、時代の変化とともに描いた小説である。日本の近現代文学の中でもたいへん高い評価を受けている作品と言える。

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「楡家の人びと」

個人的な感想

 ここからは個人的な感想。小学生の頃読んだので、子どもの読書感想文程度のものと思っていただければよい。

 私はこの小説を、たいへんおもしろく読んだ。感動というより夢中で先へ先へと読み進める感じだったように思う。どくとるマンボウシリーズの「航海記」「昆虫記」は既に読んでいたが、それらの作品と地続きの世界であった。登場人物はそれぞれ独特の個性を持った人間として生き生きと描かれ、その中で人々が味わう喜びも悲しみも、純粋さも愚かしさも、たどることになる悲劇的な運命も、作者はすべて人間のあるがままの姿として、小説の舞台に登場させる。そして作品の中に常に流れているのが、作者独特のユーモアである。

 これから後、多くの小説を読んだが、実はこの「楡家の人びと」は日本文学の中で、それまであまりないタイプの小説だったことが分かった。早い時期にこの作品に出合ってよかったと思う。

ドラマ化された印象

 この小説は、1972年にNHKの銀河テレビ小説でドラマ化されている。遅い時間帯なので毎回とはいかなかったが見ていた。かなり豪華な配役だった。

 そこで覚えている一場面。院長の楡基一郎役が宇野重吉で、病院内の大浴場で入院患者だと思い込んで後ろから話しかける。そうして相手がふり向くと、久しぶりに戻って来た伊丹十三演ずる長男の欧州であったという場面なのだが、原作の小説では、当直の医師であったということになっていた。つまり面白くするために原作を脚色しているわけだが、原作を先に読んでいたので、脚色と言う言葉は知らないが、映像化するときに原作を部分的に変えることもあるということを始めて知ったのだった。

幽霊

 「幽霊」は作者がかなり若いときの作品で、最初は自費出版で出した本である。私がこの本を読んだのは中学生になってからだったように思う。幼年期から青年期にかけての魂の記録といった感じの詩情にあふれる作品で、若い時代にしか書けない世界があるとすればこれかと思う。北杜夫の愛読者は、最初どくとるマンボウシリーズを読んでファンになり、「幽霊」を読んで別種の感動を味わうのだった。

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「幽霊」