賢島から志摩磯部
昨日の続きです。
賢島は志摩線の終点なので、戻るだけになる。鳥羽に戻るまでに、もうひと駅どこかで下車しようと思い、目をつけたのが志摩磯部。この駅はかつては志摩スペイン村の玄関口として乗客が多かったのだが、スペイン村への直行バスが廃止され、さびれてきたという駅だ。こういう場所が結構好きだったりする。
この日は私と同じ列車で下車した乗客は3、4人だった。改札内は引っ越し後の家のように、何もないスペースががらんと広がっている感じだ。
駅舎は、スペイン村に合わせて異国風のしゃれた建物になっているが、あまりメインテナンスがされていないのか、どこか廃墟感さえ漂うように見える。
駅から外に出ると、道路の向こうに川がある。野川という川の名前が書かれた標識があるが、潮の匂いが強い。そこそこ広い道路だが車はあまり通らず、駅前も何かがらんとした印象だ。
電車の時刻まで1時間ほどあるので、川下の方に歩いてみた。田んぼの中の道から川沿いの道に出て歩いていくと、川幅が広がり、堤防の下に干潟のようなものが見えてくる。泥の上をカニが何匹も歩いているのが見える。
向こうを見ると、スペイン村らしき建物が見える。そういえば昔子どもが小さい頃、近鉄特急でスペイン村に来たことがある。25年ほど前なので、志摩磯部からバスに乗ったのかもしれない。ただ、まったくそのあたりの記憶は残っていない。
鳥羽へ
電車の時間が来たので志摩磯部駅に引き返し、また志摩線を戻って鳥羽の方に。鳥羽駅で降りずに二駅手前の志摩赤崎で降り、ずっと海岸を歩いてみた。昼頃になって気温が上がってきたが、海辺なので潮風が心地よい。
鳥羽も海の景観はすばらしい。三重県は古い温泉地など、さびれている場所が多いが、海は強力な観光資源となるのだろう。観光地としてなんとか持ちこたえているようだ。
この日、鳥羽で行って見たい場所が一つあった。それは江戸川乱歩館で、去年の3月に訪れた時、その半年前の火事で焼失してしまっていた。この日も近くまで行くとまだ焼け跡が見えていたのでダメかと思ったのだが、なんと今年の4月にリニューアルオープンしたとのことで開館していた。
乱歩は青年時代の数年間を鳥羽で過ごし、鳥羽の鬼才と呼ばれた岩田準一という人物と交流があったという。乱歩館では、そのあたりの書簡や乱歩の身の回りの品などが展示されていた。書簡の中には、火事での消失はなんとか免れたものの、焼け跡がついたものもあった。
時間があったので、鳥羽城跡にも上った。ここからの海の眺めは、上から見下ろす形になるので、一段といい。これはミキモト真珠島のあたり。
鳥羽の町を歩いた後は寄り道せずに帰路についた。