十月の若草山
一昨日の続きです。
若草山の入山口南ゲートから入り、登山道を登った。若草山は標高342メートルの小さな山なので、ちょっと休みの日にひと歩きするには手ごろだ。途中まで登山道は石段になっており、ハイキングコースとして整備されている。
若草山は、三つの山が折り重なって見えるため俗に「三笠山」とも呼ばれている。ただ、昔阿倍仲麻呂が歌に詠んだ「三笠の山」は違う山を指すらしい。若草山と命名されたのは昭和に入ってからなので、昔から呼ばれていた名ではない。
山道を登っていくと、雲間に少し青空がのぞいてきた。7月に来た時と比べると、周囲の灌木の葉が少し赤く色づいている。
やがて一重目に到着。ここが標高270メートルなので、高さで言えば4分の3以上登っていることになる。景色はとてもよく、吹く風がひんやりと心地よい。いい季節なので、同じように登っている人もちらほらと見かけた。
7月に来た時はここで引き返したが、この日はさらに進む。二重目に向かう道は、芝生の中を歩いていく感じで、坂もきつくなく快適だ。
やがて二重目に到着。ここで標高308メートル。下の写真の標識の上に大仏殿の屋根が見える。写真中央向こうに見える山は生駒山。
二重目からさらに登ると三重目で、ここが山頂になる。ここからの登山道もたいへんきれいに整備されている。
三重目に到着してちょっとひと息。また少し雲が出てきて見通しはあまりよくなかったが、大和平野が一望でき、南の方の二上山や金剛山、葛城山、そして大和三山も目でとらえることができた。
山頂の方にもちゃんと鹿がいる。山の方の鹿は、ちょっと野性味が強いように思うが、どうだろうか。
山頂の横に、「鶯塚古墳」という表示が出ていたので行ってみた。
築造は古墳時代前期というから、1500年以上前のものだ。こんな山の上に古墳を作るのもたいへんな手間だろう。墳頂には石碑があり、これは18世紀、江戸時代の享保年間に建立されたものだという。
山頂からまた登山道を下り、JR奈良駅まで戻り帰宅したら朝の散歩も入れて歩数計が2万歩を超えていた。