平城宮跡を歩く
今日は少し遠出して、宇治から瀬田のあたりまで行こうと思って家を出たら、ちょうど平城宮跡のあたりで雲行きが怪しくなって小雨が降ってきたので、無理せず平城宮跡を歩くことにした。ちなみに雨はすぐ止んだ。
宮跡では、大極門の横の東楼の工事が完了して、すでに公開されている。南から少し角度を付けて北を眺めるとこんな感じ。奥に見えるのが大極殿、手前右が東楼、左が大極門、その左に覆いがかかっているのが今工事中の西楼。

平城京では、聖武天皇の時代に転々と都が移されていることもあり、奈良時代前半と後半で、大極殿の位置が大きく変わっている。そのため、前半の大極殿を「第一次大極殿」、後半の大極殿を「第二次大極殿」と呼んでいる。建物が復原されているのは、西エリアにある第一次大極殿で、東エリアの第二次大極殿は、建物の基礎部分だけが復原されている。

この上に上って東の方を見ると、若草山、そして東大寺大仏殿の屋根が見える。奈良時代には、間の建物がないので、もっとよく見えただろう。
平城宮跡にはインバウンドの観光客は来ない。日本の観光客も含めて、東大寺のあたりが都のあった場所だと思っている人が結構いるかもしれない。

大極殿、平城宮跡資料館
今日は大極殿の建物の中に入ってみた。いつでも行ける場所なので、あまり入ることはない。下の写真は中にある高御座外観模型。高御座というのは、国家儀式の際に天皇が着座した玉座とのこと。

今日は、宮跡のいちばん西端にある、平城宮跡資料館にも入ってきた。この資料館もいつでも入れる場所だ。この前入ったのは3年前だった。

この資料館では、奈良時代の木簡や土器、建物の復元模型など、有料にしてもいい展示内容だが無料で公開している。大極殿など、宮跡内の建物も入場無料。どちらかというと、観光客より歴史好きの人向けの施設だ。平城宮跡に観光客が来ないのは、奈良公園周からの交通の便がよくないこともあるのだろう。

資料館から、夏草の生い茂る宮跡内を歩いて元の場所に戻った。朱雀門と宮跡の間を近鉄電車が通るのもおなじみの情景。
前の知事の時、宮跡内を避けて電車の線路を移設するという計画が進んでいたが、知事が変わって凍結となった。私は個人的には、宮跡の中を電車が走るというこの情景は何かシュールな感じがして、むしろ好きだし、そんなことに巨額の予算を費やす必要はないと思うので、よかったと思っている。
初夏の風に吹かれてしばらく散策。風はあったが空気は湿っていて、梅雨が近いことを思わせた。
