ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の十六

藤沢周平『麦屋町昼下がり』

 今日は読書の話題です。藤沢周平の『麦屋町昼下がり』。

 私は最近まで時代小説はあまり読まなかった方だが、藤沢周平だけはよく読んで、家に20冊ほどある。久しぶりに読んでみようかと手に取ったのがこの本。80ページほどの、そこそこボリュームのある短編が4作品収録してある。

 どの作品も、地方のある藩の武士やその妻を主人公としている。読んだ印象はさすがというものだった。最近、藤沢文学の流れを引くと言われている葉室麟の小説もいくつか読んだが、本家は一味違うというのが印象だった。

 それでは2編選んであらすじと感想を。

「麦屋町昼下がり」

 片桐敬助は、刀を持った男に追われている女を助けようとして、その男を斬ってしまい、男の息子である弓削新次郎に狙われることになる。女は弓削の妻だった。敬助は不伝流の俊才剣士だが、弓削はさらに上手の剣の遣い手として知られている。敬助は来るべき対決のため、かつて道場で天才と称せられ、今は酒に溺れて身を持ち崩している大塚七十郎に教えを乞う。

 弓削は妻の不義を父が咎めて追っていたということを知り、敬助を相手にはせず、料理茶屋で密会していた妻と不義の相手、それに逮捕に向かった役人を斬殺して、茶屋に立て籠もる。大目付から命を受けた敬助は、麦屋町の大通りで弓削と対決することになる。こういう話だ。

 とにかく、最初の数ページを読んで、その引き締まった文章にひきつけられる。なにげない自然の情景描写もいいし、最後の対決の場面はその空気感が伝わってくるようですばらしい。ストーリーも、奇をてらったところはないが、登場人物が、主人公だけでなく脇役的な人物まで、人間味を持った人物としてしっかりと描かれているので、話の中に自然に入り込んで読んでいける。武士の世界を描いた正統派の時代小説を味わったという読後感だった。

「榎屋敷宵の春月」

 田鶴の夫、寺井織之助は、正月明けに急死した家老の穴を埋め、執政に加わると噂されている三人のうちの一人である。他の二人の中にいる宗方惣兵衛の妻、三弥は田鶴の古い友だちで、図らずも友人同士の夫が執政入りを争うことになった。

 三弥は田鶴と仲良くしているが、その裏で、夫の執政入りに上役に働きかけており、田鶴は複雑な思いを抱く。また田鶴が好きであった長兄の新十郎は自ら命を絶っていたが、三弥と恋仲になりながら裏切られたという過去があった。

 そんな中、田鶴は帰宅した家の前で、二人の武士が旅姿の武士に切りかかっている現場を目撃する。小太刀の遣い手である田鶴は自らその場を収め、武士を助けるが、それをきっかけに藩政に関わる事件に巻き込まれていく。

 この後、さらに展開していくのだが、この話だけ、主人公が女性となっている。すべての登場人物の人物像がしっかり描かれているところは他の話と同じだが、特に、主人公の田鶴という女性が魅力的だ。三弥に対する嫉妬心を持ちながらも、最後は私利を捨てた正義感から行動するところが格好良い。対照的に、夫の織之助は器の小さな人物として描かれている。

 他の二つの話「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五つ」も秀作だった。特に後者は、プロットにおいても、どんでん返し的な展開があっておもしろかった。藤沢文学のすばらしさを堪能できた短編集だった。

藤沢周平『麦屋町昼下がり』