ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の十三

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』

 今日は読書の話題です。1冊目は車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』。

 読んだことのない作家の作品をと思い、30年ほど前の直木賞受賞作のこの作品を読んでみた。

 身を持ち崩し、東京から関西にやってきた「私」は、尼崎の街の片隅にある吹き溜まりのようなアパートの一室で、来る日も来る日も肉や臓物を切り分け、モツを串に刺し続けて生きている。向かいの部屋は彫り師の仕事場で刺青を入れる客のうめき声が聞こえ、隣の部屋は街娼が夜な夜な男を連れ込んでいる。登場人物はみな、社会の底辺を、這い回るようにして生きている。中でも、伊賀屋の女主人のセイ子、彫り師の愛人のアヤという2人の女性は特に強烈な印象を与える。

 「私」は人生の落伍者として、この街に流れてきたのだが、落ちきることができない人間で、周囲からも見透かされている。「私」は、最後に組の金に手を付けた兄に売られようとしたアヤと、心中の逃避行に赤目四十八瀧にでかけるが果たせず、アヤは売られていく決心を固め、途中の駅で「私」を振り切っていく。

 何の予備知識もなく読み始めた。題名から、情緒あふれる男女の道行きのような内容の読み物を想像していたが全然違っていた。まず、すっと話の筋が頭の中に入ってこない。初めての作家の場合、よくあることで、文体が合わないまま終わってしまう場合もあるのだが、この作品の場合はそうならなかった。作者独特の言い回しや話の進め方をじっくり味わいながら読んでいくと、次第に馴染んでいき、話の世界の中にいつの間にか引きずり込まれていくような作品だった。直木賞受賞作だが、どちらかというと純文学寄りで、芥川賞がふさわしいのではないかと思った。作者は「最後の私小説作家」と呼ばれたが、私小説という感じはせず、作りこまれた作品という印象だった。

 上手いなと思ったところは随所にあって、例えばモツを運んでくるサイちゃんが、ある日いきなり「おんどれッ、ぶち殺したろか」と私に胸倉つかむ勢いで怒鳴る場面などそうだ。サイちゃんの苛立ちというのは、「私」の煮え切らない姿勢に向けられたものだろと想像できるが、読みを読者に委ねているところがいい。

 また、関西が舞台になっているので、出て来る地名がなじみの深い場所で、イメージが湧きやすいというところもよかった。赤目の滝は何回か訪れたことがあるが、自然が美しい場所だ。結末を読者に明かしているような題名だが、それも敢えてそうしたのかと思った。

 読んでおいてよかったと思える1冊だった。

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』

黒岩重吾『西成山王ホテル』

 もう1冊、黒岩重吾の『西成山王ホテル』。

 黒岩重吾は、20年以上前に亡くなった作家だが、大衆文学の大御所というイメージがあった。今まで読む機会がなかったが、ブックオフの100円コーナーにこの本があったので買ってみた。

 70ページほどの短編が5作品収録されている。題名の通り、どれも昭和三十年代の大阪の西成あたりの落魄した人間たちを描いている。大阪の天王寺界隈はよく足を運ぶが、私の学生時代の1980年頃と今ではがらりと姿を変えた。この小説はそれより20年ほど前なので、さらに濃密な空気が物語の中に流れている。

 登場人物たちは懸命に生きながらも、引き込まれるように自ら破滅への道を進んでゆき、悲劇的な運命をたどっていく。

 読んだ感想としては、話の雰囲気にはひきつけられたが、ストーリー展開や登場人物の心理の変化に関しては、無理のあるものが多かった。叙述の視点は、おおむね主人公を中心とした三人称一元視点で描かれているが、他の人物に視点が移るときもある。また、登場人物の描写で、「彼は~した。」と書くところを「彼は~したようである。」という文末表現にしている箇所が多く、そのあたり、私は違和感があったのだが、作者には何らかの意図があるのかもしれない。個人的には、同じ題材で浅田次郎あたりが書いた小説を読んでみたいという気がした。

黒岩重吾『西成山王ホテル』