ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の十一

吉村昭『破獄』

 今日は読書の話題です。まず、吉村昭の『破獄』。

 1983年に出版された長編小説。題名の「破獄」は脱獄のことで、犯罪史上未曾有の4回の脱獄を行った佐久間清太郎と、それを防ごうとする刑務官たちの戦いを描いている。

 主人公の佐久間清太郎には、4度の脱獄を繰り返した実在の受刑者である白鳥由栄というモデルがいて、作者は白鳥に関わった人物(小説内では府中刑務所長の鈴江 圭三郎にあたる)に話を聞き、それを基にしてこの小説を書いたという。

 戦前の貧しい東北に生まれた佐久間清太郎は、ある強盗事件で人を刺殺して、死刑を求刑されるが、刑務所から脱獄する。捜索の末捕らえられた佐久間が明かした脱獄の方法は、思いもよらないものだった。

 やがて判決が出て無期懲役の刑が確定するが、移監された刑務所でも、刑務官たちの警戒をかいくぐり、知恵を使い、並外れた体力と看守との息詰まる心理戦によって脱獄を成功させていき、その数は4回に及ぶ。佐久間が収監された刑務所の関係者は彼の脱獄に神経をすり減らすこととなる。しかし最後に収監された府中刑務所では、所長の鈴江のある試みによって模範囚となり、仮出獄を認められ、最後は刑務所の外で生涯を終える。おおざっぱにまとめると、こういう話だ。

 一読した感想は、「すごい小説」だということだった。一人の囚人の脱獄にかける執念ということだけを主題に400ページ以上の読み応えある長編を書くというのが、まずすごい。吉村昭は歴史小説、記録文学の名手として知られているが、今までそのジャンルのものは読んでいなかった。この小説を読んで、そう呼ばれる理由が分かったように思えた。

 「破獄」では、戦前から戦後にかけての刑務所事情が背景として描かれていて、刑務所という存在を軸にして、戦争による時代の変化が浮かび上がってくるような仕掛けにもなっている。たとえば、規則正しい生活により一般人より少なかった受刑者の死亡率が、戦中の食糧不足のために一挙に上がっていくといったところや、刑務官不足により、受刑者に刑務官の役割を担わせる特警隊制度というものがあったこと、また戦後の米軍による日本の司法制度への介入など。その筆致は事実をありのままに描くという姿勢が徹底していて、それによって、時代の空気や戦争の愚劣さといったことまでも浮かび上がってくる。

 叙述の形態としては、三人称多元視点ということになるのだが、主人公の佐久間の側から心情を描写することはなく、すべて佐久間に関わった刑務官や警察官の視点から描かれている。話の中盤過ぎに札幌刑務所戒護課長である亀岡梅太郎が登場するが、亀岡はそれまで出てきた刑務官に比べて心理描写が多く、彼の視点から話がとらえられる場面が増え、読者が感情移入しやすくなる。そしてそれが佐久間の更生に尽力する鈴江に視点につながっていく。そのあたりの展開も作者がしっかりと組み立てて書いているのだろうと思った。

 吉村昭の真骨頂ともいえる、ずっしりと読み応えのある小説だった。

吉村昭『破獄』

吉村昭『わたしの普段着』

 吉村昭をもう1冊。『わたしの普段着』というエッセイ集。かなり晩年になった頃に書かれたエッセイを、「日々を暮らす」「筆を執る」「人と触れ合う」「旅に遊ぶ」「時を歴る」の5つの章に分けて収録してある。昔、吉行淳之介のエッセイが好きで、ほとんど買って読んだが、このエッセイもまた違う意味で、作者の持ち味が出ていておもしろかった。

 特によかったのが「筆を執る」「人と触れ合う」の章で、「筆を執る」では、作者の歴史小説を書く上での視点と、ストイックな姿勢が良く伝わって来た。「人と触れ合う」では、「変人」「献呈したウイスキー」が特によかった。この2編では、どちらも癖の強い編集者が登場する。だが、そういう人物と相対している作者自身も負けていない頑固さを持ったある意味「変人」であり、そのあたりの自分を俯瞰する視点からの描写が絶妙だった。

吉村昭『わたしの普段着』