浅田次郎『母の待つ里』
今日は読書の話題です。浅田次郎のの作品を2つ。まず、『母の待つ里』。
4年前に出版された比較的新しい長編小説。その後NHKでもドラマとして放送されたとのことだが、私は見ていなかった。
物語はちよという老女を中心に、章ごとに、彼女を「母」とする三人の男女の視点から語られる。一人は独身のまま50代を過ぎて大企業の社長になった松永徹、もう一人は定年と同時に妻から離婚届を突き付けられた室田精一、そして母親を亡くして間もない女医の古賀夏生。
人生に疲れた彼らはそれぞれ、ある東北の山間の駅に降り立ち、バスに乗って、昔話に出て来るような茅葺き屋根の曲がり家にたどり着く。そしてそこで久しぶりに帰郷したわが子を迎える母に、手料理や昔話で温かくもてなされ、ふるさとでのひと時を心ゆくまで味わう。
最初の松永徹の章の終わりで、これがある外資系カード会社の提供する、プレミアムメンバー限定のホームタウン・サービスというサービスで、三人は50万円という料金を支払って、母のいる故郷を体験しているということが明かされる。
彼らはちよの心のこもったもてなしに触れ、実の母のように慕うようになり、それぞれの人生を見つめ直すようになっていくが、最後に、彼らの元に「ホームタウン・サービス」の終了を告げる報せが届く。それは「母」の急逝の報せでもあった。
ざっとこんなあらすじだ。
ここからは感想。個人的には、今まで読んだ浅田次郎の作品の中ではいちばんよかった。直木賞受賞作の『鉄道員』など十数冊読んでいて、「外れなし」の作家だったが、感動という意味では、この作品がいちばんだった。話の中心となっている肉親の情愛にかかわるストーリーの展開はもちろん、過疎、高齢化社会、都会の孤独、格差、そして震災といった社会問題が盛り込まれており、たいへん読み応えのある作品だった。
感じたのは、やはり浅田次郎は上手い。文章はもちろんだが、話の作り方が上手い。たとえば、第13章で、古賀夏生がプレミアムクラブからのメールで、ちよの死を知る場面。「ホームタウン・ペアレンツが急逝いたしました。つきましては誠に勝手ながら、同ヴィレッジにおけるサービスは中止させていただきますのでご了承下さいませ」という無機質な業務連絡の文面が、人の命のはかなさと、母との関係が疑似的なものであったことからくる悲哀を際立たせている。
最終章では、ちよの通夜に三人ともう一人の「息子」が集まり、室田精一と古賀夏生はある思いを抱く。そしていちばん最後にちよの昔語りとして、彼女の生涯のいちばん悲しいできごとが明かされる。作者にしてやられたと思いながら読者は思わず泣かされてしまうという、浅田次郎らしい作品だった。

浅田次郎『薔薇盗人』
もう1冊は『薔薇盗人』。こちらは簡単に。
短編集で、6つの作品が収録されている。いわゆる浅田ワールドの作品ばかりではなく、テイストの異なる作品も交じっている。
単行本が出版されたのが平成12年だが、話の舞台や背景は昭和を感じさせるものが多い。解説を読むと、作者自身が気に入っているのが「あじさい心中」「ひなまつり」「薔薇盗人」の3作品らしい。この中で最初の2編が、特に浅田次郎らしさが出た作品だが、私は小学生の女の子の父を求めるせつない心情が描かれている「ひなまつり」がいちばんよかった。
「薔薇盗人」は少し趣の違う作品で、世界一周クルーズの船長である父に向けた少年の手紙という形式で、読んでいくうちにある事実が浮かび上がってくるという話で、これもおもしろかった。解説を読むと三島由紀夫の『午後の曳航』を意識した作品とのこと。『午後の曳航』も読んでみたくなった。
