宮部みゆき『名もなき毒』
今日は読書の話題でミステリー編。宮部みゆきの『名もなき毒』。
宮部みゆきの長編ミステリーを読むのは、『火車』『理由』に続いて3冊目。この2冊はどちらも読みごたえのある作品で、特に『火車』はよかった。
『名もなき毒』は文庫本で600ページほどある長編。20年ほど前の作品だ。杉村三郎を主人公とするシリーズの2作目になる。
冒頭の章で、犬の散歩中にコンビニに寄った古屋明俊という初老の男性が、紙パックのウーロン茶に混入されていた青酸カリによって毒殺されるという事件が描かれる。そして首都圏で起きた連続無差別毒殺事件の4人目の犠牲者である可能性が報道される。
次の章から、一転して、物語は主人公の杉村三郎の一人称視点で描かれていく。杉村の妻菜穂子の父は、巨大な今多コンツェルンの会長職にあり、杉村はコンツェルンの社内報「あおぞら」を出しているグループ広報室に勤めている。杉村夫妻には桃子という五歳の女の子がいて、新居に移り住もうとしている。
そういった状況が描かれ、さらに編集室にアルバイトで雇われた原田いずみという、モンスター級のトラブルメーカーへの対処を、義父である会長から杉村が任され、その過程で私立探偵の北見や北見を訪ねてきた古屋美智香という女子高生と出会い、母である曉子と知り合う。
こういう感じで、枝葉が広がるように登場人物が増えていき、なかなか冒頭の殺人事件に結びつかないが、美知香という女子高生が、毒殺された老人の孫であることが分かる。さらに曉子が遺産の関係で警察から疑われていることを知り、杉村は事件に関わり合っていくことになる。
ざっとこれで話の4分の1くらいだが、杉村は、原田いずみの次々と起こす攻撃的な行動に振り回され、妻との関係にも気を遣い、精神的に不安定な美知香も見過ごすことができずといった具合に、話はなかなか前に進んでいかない。中盤ではむしろ原田いずみ関係のエピソードがメインであったりする。
やがて連続無差別毒殺事件と見られていたのが、他の事件が解決し、単独犯であることが判明する。昭俊と親しくしていた容疑者の一人奈良和子が自殺し、彼女のバッグから青酸カリが入った紙包みが発見されたことから、和子が犯人だと見られたが、杉村はある人物にたいして疑惑を抱き、事件を解決に導く。
こんな話だ。さすがに宮部みゆきは文章が上手く、いろいろな登場人物の人間模様が巧みに描かれている。ただ、私の感想としては、宮部みゆき作品というだけでハードルが上がっていたこともあり、あまりおもしろくなかった。
まず、この話を、最初の殺人事件がどのように論理的に解決されるかというミステリーとして考えるなら、読者が推理を働かせるという要素はほとんどなかった。、最初に連続殺人を思わせる場面から始まり、そうではないことが外からの情報だけであっさり覆るのも安易な感じがした。
また、なくてもいい場面が多く、半分くらいの量で書ける内容だと思った。例えば原田いずみ関係の事件は、殺人事件とは関係ないトラブルだ。また、杉村の家族関係や新居の購入に伴う土壌汚染調査などの描写もそうだ。したがって、作者の意図は、ミステリーとしての謎解きや犯人捜しを主眼に置いたものではないのだろう。漠然とした言い方をすると、現代社会の中に潜み、人間をむしばむ様々な「毒」の存在を描きだすということか。ただ、私はミステリーを楽しみたい方なので、冗長に感じた。
もう一つは、杉村三郎が、魅力に乏しくあまり好きになれないキャラクターだということだ。もちろん作者は、探偵らしい人物として造形してはいないのだろうが、一人称で書かれている小説は、主人公にどれくらい感情移入できるかというのがポイントとなるので、その点でもいまいちだった。
というわけで、個人的にはやや辛口の感想になってしまった。
