ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の五

吉村昭『東京の戦争』

 今日は読書の話題です。吉村昭の作品2冊。

 まず、『東京の戦争』。ブックオフで本をさがしていたところ、この題名と作者名を見て、即購入した。読んでみて期待通りだった。戦中戦後の日本の姿を描いた回想録なのだが、感傷に流れることなく、かといって単なる記録ではない、作家としての感性によって書かれた優れた文学作品となっていた。

 雑誌に連載されたのは2000年なので、戦後55年の年ということになる。文庫本では、200ページほどが16の章に分けられ、それぞれに「空襲のこと(前)」「石鹸、煙草」というように見出しがつけられているが、それが連載の1回分なのだろう。

 東京生まれの作者は昭和2年生まれで、終戦時に18歳で徴兵検査を受けて入隊する直前に終戦を迎えている。つまりいちばん多感な時期に東京にとどまって、戦争を首都に住む庶民の目から見た世代ということになる。住んでいた町が一夜のうちに焦土となり、数えきれないほどの死を目の前にする。ただ、そんな中でも人々は生きていき、ささやかな楽しみを見つけたりもする。そういった姿を、作者は感傷を交えず、ありのままに描き出していく。表現が上手いので、目の前に情景が浮かんできて、その中から、読者の心に様々な感情が湧いてくる。そういった作品だった。 

 「あとがき」を読むと、作者は日記をつけていたなどというわけではなく、連載が決まり筆を執ると、次から次へと記憶がよみがえり、頭の中に当時の町の情景や人々の姿が浮かび上がってきたとのこと。それだけ鮮烈に心に刻みつけられた時代だったということだろう。

吉村昭『東京の戦争』

吉村昭『星への旅』

 こちらは短編集。『東京の戦争』を読んだ後に買った。6つの短編が収録されているが、作者の三十代の頃、つまり作家としては初期のころの作品になる。前に読んだ『遠い幻影』が晩年に書かれた短編集で、徹底したリアリズムというものを感じたが、作品の傾向はかなり違う。最後の『白い道』だけは作者自身の経験を基にしたリアリズムの作品だが、他の作品は、死というものを中心に据えた、虚無感が漂う世界で、プロットも凝っている。読了して、久しぶりに純文学の作品集を読んだという気分になった。

 『鉄橋』『透明標本』『石の微笑』は芥川賞候補に、『星への旅』は太宰治賞を受賞しているので、初期の短編の代表作を集めた作品集といえるだろう。それではいくつか選んで感想を。

『少女架刑』

 前に有名作家の短編アンソロジーでも読んだが、私は群を抜いてよかった。一人の少女が病死して、献体として、大学病院で身体が切り刻まれていく様子を、少女自身の視点から、最後、骨となって骨壺に入れられるまで描いていく。作品の構想もすばらしいが、精緻な描写にも感心する。この構想で書かれた作品としては、これ以上の完成度のものは書けないのではないかと思った。

『透明標本』

 『少女架刑』と同様、解剖用の死体収容槽のある大学病院が舞台となっているが、主人公は、「バラシ」と呼ばれる死体の解体を行い、骨標本を作る倹四郎という初老の男性だ。倹四郎は骨標本作りに執着し、最後は自分の義理の娘の亡骸を用いて透明標本を作ろうとする。この話は『少女架刑』と表裏一体をなすような作品だが、 主人公の妻、その娘、そして助手の加茂という若い男が登場し、やや「作った話」という感じがして、『少女架刑』を読んだ時ほどの感銘はなかったが、秀作であることには変わりない。

『星への旅』

 倦怠感に包まれて無気力な生活を送る若者たちが、死に誘われて、集団自殺に向かう旅に出る話。読み始めた時は、若者たちの人物造形に、やや作り物感があったが、途中から次第に引き込まれていったのは、文章の上手さだろうか。最後に主人公が自殺を思いとどまるのかと思って読んでいったら、そのまま死に向かっていくという結末だった。

吉村昭『星への旅』