ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の四

桜木紫乃『起終点駅』

 今日は読書の話題です。桜木紫乃の『起終点駅』(ターミナル)。

 桜木紫乃の作品は2年前から読み始めて4冊目で、文体も作品の世界も相性のいい作家だ。『起終点駅』には40~50ページの短編が6作品収録されていて、秀作ぞろいだった。

 どの作品も、北海道を舞台にして、厳しい現実の中で傷つきながらも生き抜いていく主人公の姿が描かれていて、心情がしっかりと伝わってきた。6作品のうち、短編集の題名にもなっている『起終点駅』と『スクラップ・ロード』の2作が、男性が主人公で、他の4作品が女性が主人公だが、『起終点駅』など、やや作りこみ過ぎた感があり、どちらかといえば、女性が主人公の作品の方がストレートに心に響くものがあった。これはあくまでも個人的な感想ということで。

 それではいくつか選んで感想を。

『海鳥の行方』

 主人公は山岸里和という新人の女性記者だ。新聞社の釧路支部に配属され、マスコミ関係は憧れた仕事だったが、デスクの紺野に書いた記事を破り捨てられ、嫌味を浴びせかけられる屈辱の日々が続く。一方で、里和が学生時代から交際している木戸圭吾は、函館地裁勤務となっていたが、職場の人間関係から鬱病になり、休職に追い込まれる。圭吾から愚痴をこぼすメールがしばしば届いたが、里和はそれをうとましく感じ、彼との記憶を体から切り離していく。このあたりの主人公の心情の動きが読んでいて、すっと入ってきた。

 里和は取材で港湾に出向いた際、防波堤の釣り場の先で釣りをする初老の男性と知り合い、彼の人生に興味を抱くが、一月後に彼は堤防から転落死する。そして彼が妻と関係を持っていた男を刺殺するという過去を持っていたことを知る。里和は記事にしようと男の住んでいた町を訪れ、床屋をやっている元妻の店に入り取材しようと思うが言葉が出ず、記者としての敗北感じながら店を出る。

 主人公の視点を通して、男とその元妻の人生がしみじみとした情感を伴って伝わってきて、たいへん完成度の高い作品だと思った。

『たたかいにやぶれて咲けよ』

 これも主人公は『海鳥の行方』と同じ山岸里和。中田ミツという異端の女性歌人の訃報を受け取り、縁のあった人々に取材する。里和は生前にミツに取材したが記事にはできず、死んだら追悼記事を書くよう言われていた。取材したミツの姉の娘の昌子から、ミツが自分の父と関係があったという秘密を聞かされ、ミツが生活を共にしていた近藤という文学青年から晩年の姿を聞く。近藤は翌年、ミツとの生活を書いた小説で文学賞を受賞し、里和はその取材をする。

 上の作品に比べると、里和の取材対象となる中田ミツの生き方により力点が置かれている。周囲の人物の話から、彼女の姿が浮かび上がってきて、読者の心に迫ってくるというあたりがみごとだった。

『かたちないもの』

 冒頭、函館の外国人墓地での、竹原基樹という男性の納骨式の場面から始まる。主人公の笹野真理子は、東京の華清堂という大手化粧品会社の部長だ。竹原は彼女が若い頃の上司で、年上の恋人だったが突然会社を辞め、故郷の函館に戻っていた。

 主人公の現在と過去の追憶が交錯するように描かれるが描写が上手いのですっと話に入っていける。角田悟朗という若い神父の男性がいい味を出して描かれていた。

『潮風の家』

 主人公の久保田千鶴子は天塩町故郷に、永代供養の手続きのため、三十年ぶりに帰る。郷里の知人は母の友人で会った星野たみ子だけだ。千鶴子は、故郷で殺人事件を起こした弟が、拘留先で縊死して故郷を出たという過去を持つ。たみ子は若い頃、東京に出て遊郭で稼いだ金を故郷に送り、今は海岸沿いのあばら家で一人暮らしをしている。

 話は後半、故郷から戻った千鶴子の日常生活で終わる。生活に圧しつぶされることなく生きる女性の姿が自然に伝わってきた。

桜木紫乃『起終点駅』