連城三紀彦『戻り川心中』
今日は読書の話題でミステリー編です。連城三紀彦の『戻り川心中』。
連城三紀彦の初期の傑作として有名な短編集とのことで、一度読みたいと思っていた。表題の『戻り川心中』を含めて5編の作品が収録されている。他の4編には題名に花の名前が入っており、『戻り川心中』も花菖蒲が大きなカギを握るものとして登場する。文庫本の解説を読んで、これらの作品が「花葬シリーズ」と呼ばれる連作の一つであることを知った。
50~60ページくらいのそれほど長くない作品ばかりだが、美しい比喩をたっぷりと用いた情緒に溢れる文体で、中身の濃い読書体験をしたという気分に誘われる作品集だった。話の舞台は明治から昭和の初期で、作者が生まれる前の時代だ。また、すべての作品に男女の恋愛が愛憎入り交じって複雑に絡みあっており、浪漫的な物語の世界を作り出していた。
個人的な感想を書くと、ミステリーとしては、すべての作品にかなりの大胆な仕掛けが用いられているのだが、現実性がないと感じられるものが多かった。これは、以前『夜よ鼠たちのために』を読んだ時も感じたが、情感たっぷりの物語の世界とミステリーとしての大胆な仕掛けが同居している印象で、読み終わって「作者に鮮やかに騙された」というミステリーの醍醐味を味わうところまではいかない作品もあった。好みとしては、『藤の香』『白蓮の寺』『戻り川心中』がよかったので、その3作について感想。
『藤の香』
時代は昭和初期。瀬戸内海に面した町にある小さな色街で起きた連続殺人事件を描く。色街で生きるはかない女性たちと、彼女らの国元への手紙を代筆する代書屋が登場する。この男が犯人であることは中盤で明かされるのだが、その動機の部分の種明かしが意表を突かれた。
『白蓮の寺』
主人公の「私」は寺の住職の嫡男として生まれるが、母に連れられて5歳の時、故郷の村を出た。「私」の幼年時の記憶の中に、母が一人の男を刺殺して赤い血しぶきが飛び散るという場面が残っているが、相手の男の正体は定かではない。「私」は自分の家に起こった事件と幼い頃の記憶の正体を突き止めようとして、真相にたどりつく。この最後のどんでん返しのトリックは、かなり大胆なものだった。ちなみに、以前に読んだ東野圭吾の『むかし僕が死んだ家』にも同じタイプのトリックが用いられていた。
『戻り川心中』
大正時代に活躍した歌人苑田岳葉は、二度の心中未遂事件を起こし、二人の女性を死に追いやり自身もその情死行を歌にして自殺した破滅型の歌人だ。「私」は岳葉の死後、生涯を小説化して雑誌に連載したが、情死の道連れとなった家族の抗議により未完になっていた。時を経て、「私」は岳葉が情死事件を起こした場所を訪れ、足跡をたどる中で、ある結論にたどり着く。
この作品は、60ページほどの短編だが、とてつもなく手の込んだ作品という印象を受けた。架空の歌人を描いているため、彼の歌を十首あまり創作しなければならない。それだけでも大変だが、その歌が真相解明に向けての欠かせぬピースとなっている。苑田岳葉という歌人を女性との恋愛に身を焦がして破滅した人物として造形し、その像を最後の最後でひっくり返すというところに凄みを感じたし、結末を読んでいちばんしっくり来たのがこの作品だった。
