ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだ本 2026年 其の三

山本周五郎『さぶ』

 今日は読書の話題です。山本周五郎の『さぶ』。

 時代小説で初めて読む作家をと思い、ブックオフで見つけて買ったのがこの本。私は昔から時代小説はほとんど読まない方で、藤沢周平だけは好きで家に20冊ほどあるが、他の作家は最近になって読みだした作家が多い。山本周五郎は国民的作家で、今まで読んでいなかったのが恥ずかしいくらいだが、『さぶ』という題名と代表作の一つだということくらいは知っていた。

 感想を先に書くと、とても良かった。人情の機微がみごとに表現されており、読んでいて心に直接響いてくる。何よりも読み物としておもしろい。文庫本で400ページ以上の長編だが、先を読みたくて、一気に読んでしまいたくなるという小説だった。作者は1967年に63歳で亡くなっているが、60歳の時に書かれたということで、最晩年の作品だ。

 冒頭の場面で二人の若者が登場する。一人がさぶでもう一人が栄二。この小説の主人公となる二人の会話から、劇の舞台を見ているように場面が浮かび上がってくるのがみごとだ。二人は江戸の経師屋の芳古堂に住み込む職人で、気は優しいが不器用で人に軽んじられているさぶに対して、栄二は利発で腕が立ち、若い娘たちにも好かれている。そして栄二はさぶを唯一無二の友人としていたわっている。

 序盤の60ページくらいまで読んで、性格の違う二人が手を取り合いながら成長していく物語になるかと想像していたら、ここで話が大きく展開する。栄二が得意先での盗難事件の濡れ衣を着せられ、店から出されるという出来事が起きるのだ。栄二は事の次第を明らかにしようと得意先の店に押しかけ、暴れるという不始末をしでかし、石川島の人足寄場送りとなる。

 この人足寄場の場面が小説の半分以上を占めている。栄二はここで労役に就きながら、初めは自分を罪に陥れた者への憎悪と復讐だけを念じ、周囲の人々にも、面会に訪れるさぶにも心を閉ざしているが、ここで様々な試練を経験し、人の情けに触れる中で心がやわらいでいく。そしてある事件をきっかけに、人足寄場から世に戻される。さぶは栄二の住居の世話もしてくれ、栄二は好いた仲であったおすえと祝言を上げる。そしてさぶと二人で一緒に商売をやっていくことになる。

 ざっとこういう話で、題名は「さぶ」だが、実質的な主人公は栄二で、栄二の視点から話は語られることになる。ほぼ三人称一元視点だが、序盤では「~と思う」という表現はほとんど用いず、栄二の思いを表す場合も「~と心の中で呟いた」としているが、このあたりは作者の意図的なものがあるのかと思った。

 この小説は、いちばん最後に大きなどんでん返しがあり、栄二が人足寄場送りとなったきっかけの盗難事件の真相が明らかになるのだが、重要な箇所の割には、この顛末の描き方があっさりしすぎていて、そこだけは物足りなかった。第十章の終わりも中途半端に切れたような感じがあって、週刊誌に連載されていたので、そのあたりの1回分の枚数などの関係もあるのかと思った。

 山本周五郎は、続けて違う作品を読んでみようと思った。

山本周五郎『さぶ』