ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

最近読んだミステリー ~ 2025年 ⑤

原尞『それまでの明日』

 今日は読書の話題でミステリー編。原尞の『それまでの明日』。

 原尞は2年前に亡くなった作家で、ハードボイルド風の作風で知られる。きわめて寡作で、作家デビューしてから35年間で長編5作、短編集1作しか書いていない。私のベストは直木賞受賞の『私が殺した少女』と短編集の『天使たちの探偵』で、特に『天使たちの探偵』は好きだ。『それまでの明日』は、2018年に出た長編で、結果的に最後の作品となった。

 文庫本で500ページほどの結構長めの長編。例によって私立探偵沢崎が主人公だが、年齢を重ねてすでに五十代になっている。沢崎の探偵事務所に望月という金融会社の支店長が調査の依頼に来るところから話が始まる。沢崎は依頼を受けた料亭「業平」の女将の身辺調査をするが、彼女はすでに死亡している。望月と連絡を取ろうと彼の勤め先を沢崎は訪れる。そしてそこで金融会社をねらった強盗事件に巻き込まれ、望月の行方も分からなくなる。依頼人の行方を追う沢崎だが、事件は次第に複雑な様相を呈して行く。ざっとこういった話。

 文体や登場人物の描写は今まで読んだ原尞の世界。長編では毎回登場する新宿署の錦織警部(なぜか時が流れても警部のまま)、そして暴力団の清和会の幹部橋爪らが登場し、既視感のある会話が交わされ、沢崎はやたらと煙草を吸いまくる。沢崎シリーズのファンにとってはたまらないかもしれない。また、作者があとがきでも書いているが、海津一樹という若者が登場し、副主人公的に存在感をもって描かれているのは、これまでの作品にない要素だった。

 ただ、全体を通してみると、登場人物が多すぎて、話がなかなか前に進んでいかず、ミステリーとしての面白みには欠けるように思った。また、これだけの長さの作品に見合うだけの大きな事件や謎を探偵が解決するというわけでもなかった。結局、この作者が今まで書いてきた世界の雰囲気を味わうという作品だったが、原尞の作品の世界自体は好きなので、まあそれもありかなと思って読み終えた。

原尞『それまでの明日』