恭仁宮跡へ
九州に台風が来て、今日から天気が下り坂になるようだ。猛暑も一段落といったところ。近畿中部は、日中は雨にならないようだったので外出。恭仁宮跡から海住山寺のあたりに足を運ぶことにした。恭仁宮跡は今年の1月に立ち寄って、いい場所だと思ったので季節を変えて訪れることにした。
バイクで加茂を抜けて国道163号線を越えて少し行ったところに恭仁宮跡はある。大極殿跡のあたりに行くと、こんな立札があった。

全国的に熊の被害や目撃情報が急増しているが、こんなところにまでと思った。熊が棲むような深い山がある場所ではない。後でネットで調べると、このあたりから加茂の方にかけて複数回目撃されているとのことだった。
恭仁宮は、天平年間に、聖武天皇が4年間都を移した場所で、短命な都ではあるが、れっきとした日本の首都であった時期があった場所だ。都が平城京に戻ってから、山城の国の国分寺が営まれたという。

宮跡のすぐ横にあるのが恭仁小学校の建物。レトロな雰囲気の木造校舎だ。1月に来た時は休日だったが、今日は平日なので子どもたちの声が聞こえる。

宮跡にできた山城国分寺は、かなり規模が大きかったようで、大極殿が金堂として再利用され、七重塔が新たに建立されたという。七重塔の礎石は現在も残っていた。

今日はそれほど暑くなかったので、宮跡の周りをぐるりと歩いてみようと思い、近くにあるくにのみや学習館という施設に行った。ちょうど係の方がおられ、恭仁宮の解説ビデオを見せてもらった。資料室には、宮跡からの出土品なども展示してあり、小ぢんまりとしているが、いい施設だ。

宮跡周辺は集落があるが、周囲には畑がずっと広がっていて、のどかな場所だ。ここ数日の猛暑はゆるんでいるが、歩いているとやはり汗をかく。用水路が流れている。

トンボがとまっていた、黒い羽のトンボ。帰って画像検索するとハグロトンボという種類らしい。

海住山寺
恭仁宮跡を出て、すぐ近くにある海住山寺(かいじゅうせんじ)に向かった。寺に通じる坂道を、山を上るような感じで500メートルほど行くと見えてくる。海住山寺は、天平年間に良弁上人によって創建されたというから歴史が古い。

国宝の五重塔は鎌倉時代に建てられたという。五重塔としては、室生寺に次いで日本で二番目に小さいという。カエデがかぶさるように塔を覆っていたので、紅葉の季節は美しいのだろう。いつも11月には和束から信楽の方に足を運ぶが、今年は海住山寺にも寄っていこうと思ったのだった。
