ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2025年 其の十三

吉村昭『仮釈放』

 今日は読書の話題です。最近読んだ本2冊について。

 1冊目は吉村昭の『仮釈放』。吉村昭の本を手に取ったのは、去年から今年にかけて読んだ2冊の短編のアンソロジーで、どちらも吉村昭の作品(『少女架刑』と『少年の夏』)がいちばん気に入った作品だったので、一度長編を読んでみたいと思っていたからだった。歴史小説やノンフィクション小説に定評がある作家だが、『仮釈放』は少し毛色の違う作品だ。

  高校教師であった主人公の菊谷は、浮気をした妻を刺殺、相手の男を刺傷し、男の家に火をつけその母親を焼殺するという罪を犯し、無期刑の判決を受けたが、16年後に仮釈放となる。この小説の発表が昭和63年だが、小説の中の時代は書かれていない。ただ、入所中に葉書が7円から40円になっていたという描写などから、小説が書かれた時期かその少し前の昭和の終わり頃に男が出所したと考えられる。

 菊谷の犯した事件に関わる話の核心的な部分の描写は小説の中盤までない。出所から保護司である清浦に手厚い保護を受け、入所中の時代の変化に戸惑いながら、身の回りの品物を買い揃えたり、紹介してもらった養鶏場を訪れたりといった菊谷の日常に起きる出来事にページが割かれている。そのあたり、いかにもリアリズムといった過剰な装飾のない文体で書かれていて、私は読んでいて心地よかった。登場人物の考え方は、かなり古臭く感じられるところがあったが、昭和の終わり頃の時代の雰囲気はまだこんな感じだったのかという気もした。

 主人公の菊谷は、模範囚として早期の仮釈放を受け、その後の生活も保護司に対する感謝を忘れず慎ましく生きていこうとする人物として描かれているのだが、一方で自分の犯した殺人と言う罪に対する反省や償いの気持ちはなく、殺した妻には憎しみさえ抱いている。その意味では彼は全く「更生」せずに世に出てきた人物ということになる。家ではメダカを飼い、小さな命が育つことにも喜びを感じている男が、何の罪もない浮気相手の男の母の死にも反省の思いがないというところに、私は逆にリアリティーを感じた。ただ、保護司の清浦や武林はそんな菊谷の心の奥は知らず「更生」した人物として妻帯を勧め、結婚相手を紹介する。菊谷はその女性を妻に迎えるのだが、仮釈放者としての立場を巡って心のすれ違いが生じ、最後に悲劇が起きる。

 菊谷が再度罪を犯してしまうという結末には、作者が読者に問いかけているものの重みを感じた。読み応えのある小説だった。

吉村昭『仮釈放』

桜木紫乃『氷平線』

 2冊目は、桜木紫乃の『氷平線』。桜木紫乃の作品は、一昨年に、直木賞受賞作の『ホテルローヤル』を読んで、たいへんよかったので次を読もうと思いながら、手付かずになっていた。

 『氷平線』は40ページほどの短編が6作品収録されている。デビュー作品集とのことだが、いい作品ばかりだった。解説を読むと、「雪虫」は雑誌の新人賞受賞作だが、残りの作品の半分くらいは、雑誌にも掲載されなかったというから、作家として世に認められるのは大変なことだと思った。

 全作品、作者の生まれ育った土地である北海道を舞台にしており、男女の関係を軸にして、厳しい現実の中で生きづらさを抱えながら生きていく人々の間に生じる人間模様を描いている。地に足の着いた作品だという印象を受けたし、風景描写や登場人物の心情の描写もすばらしく、しっかりと練り上げて書かれた作品ばかりだと思った。ゆっくり時間をかけて読みたいと思った。

 それでは2編選んで感想を。

「雪虫」

 札幌に出て仕事に失敗し、十勝平野の実家に戻り、家業の酪農を手伝っている達郎は、鬱屈を抱えながら、既婚者である幼馴染の四季子と関係を続けている。そんな生活の中、父が達郎の嫁として、フィリピン人の娘を三百万円を出して世話してもらい、少女のような嫁との結婚生活が始まる。

 土の匂いと人々の息遣いが伝わってくるような作品だった。外国人の嫁を金で買ってあてがわれるというあたり、出口が見えない展開だったが、明るい光が見えるような結末だったのがよかった。

「夏の稜線」

 京子は、東京を出て、22歳で農業研修の実習先に嫁いで9年になる。最初の子供が女の子であったことから姑のタキの態度は一変したが、次の子供は生まれない。父の一周忌に帰りたいと言ってもいい返事はもらえず、夫との関係もうまくいかず、閉塞感を抱えながら生活を送っている。その中で、京子は娘の真由を連れて家を出る決心をする。

 この作品は、途中まではさらに重苦しい展開だ。見知らぬ土地で、家の重圧に押しつぶされそうになる主人公の女性が、最後に決断して行動するところが美しい。

 この作品もそうだが、短編集の全編を通して、女性が自分の意志を持って行動し、格好良く描かれているのがよかった

桜木紫乃『氷平線』