西條奈加『涅槃の雪』
今日は読書の話題で、最近読んだ本2冊の感想。
1冊目は、西條奈加の『涅槃の雪』。西條奈加の作品は、直木賞を受賞した『心淋し川』を読んでよかったので、別の作品も読もうと思っていた。『涅槃の雪』は独立した話が収録されている短編集と思って買ったが、読んでみると連作短編集だった。なかなかよかった。
舞台は幕末に近い天保の改革の時代で、主人公は長身で鷹のような鋭い顔つきから鷹門と呼ばれている、江戸の町与力の高安門佑という男。門佑は創作上の人物だが、実在の人物である江戸北町奉行の遠山影元(時代劇に出てくる遠山の金さん)、南町奉行の矢部定謙、天保の改革の推進者である水野忠邦、鳥居耀蔵らが登場する。そして門佑の目を通して、遠山、矢部、鳥居というまったくタイプの違う人物が、それぞれ個性的で人間的魅力を備えた人物として描き出されている。
話は、第一話の「茶番白州」から始まる。北町奉行に影元が就任し、みごとな裁きを見せるが、その裏にあるからくりはという話。門佑は、影元のはからいで、遊女上がりのお卯乃という女を屋敷に引き取ることになる。南町奉行に知徳を兼ね備えた矢部定謙が就任し、水野忠邦による天保の改革が発布される。第一話で主な登場人物が顔を揃え話が展開していく。
七つの短編が収録されているが、どれも、「雛の風~奢侈禁止令」「山葵景気~株仲間解散令」といったふうに、題名の後に、改革の内容に関する副題が付けられており、章とともに時代が進んでいく。門佑は、江戸の町民の生活を蝕む天保の改革に反対の立場をとる影元の片腕として職務に励み、一方でお卯乃に心を寄せる。そのあたり、時代の動きを軸に据えながら人情の機微を描くというバランスがよく、おもしろく読み進められた。
特に、四番目の話「山葵景気」の後半で、幽閉され自ら食を絶って死んだ矢部定謙の死に方を巡って門佑とお卯乃の考えが対立する場面が、その後の章で、門佑が相容れないと思われる鳥居耀蔵に近づくという展開の伏線となっているあたり、よく練られた話だと思った。またそれによって、「改革派→庶民の敵→悪玉」といったステレオタイプの単純な人間理解に終わらず、登場人物の描き方に深みを持たせている。最後は、やや強引な感じはあったが、どんでん返しのような展開があり、読後感のよい話に仕上がっていた。

恩田陸『光の帝国~常野物語』
2冊目は、恩田陸の『光の帝国~常野物語』。恩田陸の作品は、2年半ほど前に短編集『歩道橋シネマ』を読んで以来だ。あまり代表作を集めた感じの本ではなかったが、作風には惹かれるところがあったので、いつか2冊目を読もうと思っていた。
この作品は、連作短編集で、普通の人間にはない特殊な能力を持つ常野一族の人々を主人公にした話だ。大きく分類すればSF寄りのファンタジーということになるのだろうか。
最初、超能力を持つ人々が描かれているというところで、昔読んだ筒井康隆の七瀬シリーズを思い出したが、七瀬シリーズの方がエンターテインメントの要素が強く、話の展開にスピード感がある。こちらは静的で、ノスタルジックな気分にいざなわれる。話の作り方としてはかなり違っているだろう。
連作短編集だが、一つ一つの作品が独立していて、常野一族が登場するという点では共通しているものの、話のテイストは異なっている。登場人物も多い。作者自身が文庫本の「あとがき」にも書いているが、手持ちのカードをぜいたくに使って書かれた作品集という印象を受けた。
それでは、10編のうちで気に入った作品から2つを選んで感想を。
「大きな引き出し」
膨大な量の記憶を頭の中の引き出しに「しまう」ことのできる家族がいる。小学生の春田光則はそういった自分の他者とは異なる能力を意識し始め、担任の今枝も彼のことを気にかける。そんなある日、近所の老人が光則の目の前で心臓発作を起こして絶命するが、その瞬間、老人の人生のあらゆる場面が彼の心の中に押し寄せこだまする。
この、老人の人生が彼の心をゆさぶっていく場面の描写が心を打ち、さらにそれがその後の展開に結びついて感動を呼ぶ話となっている。冒頭の作品ということもあって、とても印象的な話だった。個人的にはこの話がベスト。
「達磨山への道」
泰彦は、高校時代からの友人克也と、かつて父に連れていかれ、常野一族の聖地だと教えられていた達磨山を登っている。歩きながら、自分の元から去っていった藍子という女性のこと、また父と母の間に起こった悲劇を思い出している。そして先に歩いていた泰彦は、一人の少女と出会い、その少女の存在が、未来に起こるある出来事を告げていることを知る。
この話も読んでいくうちに、次第に現実が夢想の中に飲み込まれていくような感覚を味わわせてくれた。
これ以外で気に入った作品を上げると、「光の帝国」「黒い塔」「国道を下りて」。前2作は、上に感想を書いた話に劣らず気に入った作品だが、いろいろな要素があり過ぎて、感想を書こうと思ったが、短くまとめきれなかった。また「オセロ・ゲーム」もよかったが、話の中に出てくる「裏返す」の意味が感覚的に十分つかみきれなかった。ただしこれは私の読解力の足りないところだろう。
