ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2025年 其の九

小川洋子『海』

 今日は読書の話題です。最近読んだ本3冊の感想。

 1冊目は小川洋子の『海』。160ページほどの中に、掌編も含めた短編小説が7編収録されている。20年くらい前の短編集だ。

 巻末に収録されている作者のインタビューがよかった。小川洋子という作家を理解する上で、なるほどと思われることが多かった。例えば小説を書くのは妄想にひたっているようなもので、長編は「長い妄想」で短編は「短い妄想」といったこと。また、求めている文体は「むかし誰かから聞いた話を読んでいるような錯覚を起こさせる文体」といったことなど。各作品の登場人物に関する作者自身のコメントもおもしろかった。それから、千野帽子さんの解説もよかった。

 それでは、作品について。

 すべての作品がよかったのだが、全部について書くと長くなりすぎるので、3編だけ選んでみた。

「海」

 25ページほどの短編。中学の教師をしている「僕」は、婚約者である泉さんの、田舎の実家を初めて訪問する。そこで「僕」は歓待を受けるが、会話はあまり弾まない。そして「僕」はその夜、泉さんの弟と一緒の部屋で寝ることになる。無口な弟とどう接していいか分からない「僕」だが、なんとか打ち解け、弟は「僕」に鳴鱗琴という自作の楽器について教えてくれる。

 作者の空想(妄想)の中で創造された弟(「小さな弟」と呼ばれている)は、自分だけの小さな世界に居場所を求める不器用な人間なのだが、そういった人間の存在感が、読んでいて心の奥底まで響いてくる。作品全体に散りばめられている、作者独特の上質のユーモアもいい。

「バタフライ和文タイプ事務所」

 医学部の大学院生の論文や資料を和文タイプで打つという事務所が舞台になっている。主人公はそこに勤める女性だが、活字が欠けると「活字管理人」の男性に頼んで交換してもらう。医学関係の文書なので、よく使われる活字も独特だ。最初は「糜爛」の「糜」、次に「睾丸」の「睾」、そして男性に関心を持った「私」は、「膣」の活字をわざと欠けさせて、持って行く。

 この作品は作者インタビューによると、「官能小説を、というリクエストのもとに書いた」ということだが、こういう発想で書いてしまえるというのは、まさに(いい意味で)「ぶっ飛んでいる」としか言いようがない。

「缶入りドロップ」

 掌編の中でも短い1000字くらいの作品。初老の幼稚園バスの運転手が主人公。泣き止まない子どもには自分で持っているドロップをあげて泣き止ませているのだが、その秘密はという話。掌編小説のお手本のような作品だった。

小川洋子『海』

連城三紀彦『恋文・私の叔父さん』

 2冊目は、連城三紀彦の『恋文・私の叔父さん』。作者は1984年に『恋文』を中心とした短編で直木賞を受賞している。

 読んでみて、前に読んだミステリーの短編集と同様、情感に溢れた文体や男女の情愛や微妙な心の揺れを巧みに描いたストーリー展開など、読み応えのある作品が5編揃っていた。ただ、個人的な好みとしては、「恋文」は、作者が話を作り込んでいるという印象が先に立って、それほど心に響かなかった。「私の叔父さん」はちょっと題材が苦手な話。表題作以外の3編がよかった。それでは「赤き唇」「十三年目の子守唄」の2編について簡単に感想を。

「赤き唇」

 和弘は、死んだ妻の母親であるタズと暮らしている。気の強いタズは長女夫婦と喧嘩して飛び出してきたのだった。ところが和弘の婚約者である浅子とタズの間に亀裂が生じ、それがきっかけで和弘は浅子と喧嘩別れしてしまう。その帰りにパチンコ屋に寄った和弘はそこでタズの姿を見つけ、横に座り会話を交わす。

 こんな感じで細かなエピソードを重ねながら話が展開していく。読んでいくうちに登場人物に自然と感情移入し、話の中に入り込んでいけた。ミステリー的な手法も自然な形で用いられており、いちばん気に入った作品だった。

「十三年目の子守歌」

 この話は主人公の独白で最後まで進む。語り手である「俺」は妻に逃げられた過去を持ち、母親と、弟ということになっている血のつながらないもらい子の雅彦と暮らしている。ところがそこに母親が団体旅行で知り合った若い男が転がり込んでくる。男は人当たりがよく店を手伝い、周囲に受け入れられるが「俺」は反発する。

 この話は、最後に大きなどんでん返しがあって、そこで思わずうなってしまった。これもミステリー的な手法ということになるのだが、主人公の独白という叙述形式や、前半の伏線がみごとに効いていた。

連城三紀彦『恋文・私の叔父さん』

『ゆがんだ闇』

 3冊目は、『ゆがんだ闇』。家にあった文庫本でモダンホラーのアンソロジー。うちの誰かが買ったものだが、私は未読だったので読んでみた。出版が25年ほど前なので、題材など、時代を感じさせる。収録は次の6編。

 小池真理子『生きがい』、鈴木光司『ナイトダイビング』、篠田節子『子羊』、坂東眞砂子『白い過去』。小林泰三『兆』、瀬名英明『Gene』。

 作家の秀作を集めたアンソロジーではないと感じた。いちばんよかったのが『白い過去』。ホラーというよりサスペンスの風味が効いたミステリーという印象で主人公の女性の心理が上手く描かれていた。次いで『子羊』『Gene』。『Gene』は専門用語が多かったが、それを抜きにしても読ませる力があった。

 あとの3作について、『兆』は文章が全く合わず、私は話に入れなかった。『生きがい』はラストのどんでん返しが拍子抜けだった。『ナイトダイビング』もいまいちだった。

『ゆがんだ闇』