『教科書に載った小説』
今日は久しぶりに読書の話題です。最近読んだ本3冊について。
1冊目は「教科書に載った小説」というアンソロジー。あまり読まないタイプの本だが、ブックオフで安かったので買ってみた。中学校や高校の教科書に載った作品の中から、「面白い」を基準で編んだとのこと。収録されている作品は、下の13作品。読んだことのある作品もいくつかある。
巻末に、中学校、高校の別。それから収録された年代が載っている。この本が出たのが10年以上前ということもあるが、昭和の終わりから平成の中頃までの教科書に掲載された作品だ。
それではピックアップして感想を。
『少年の夏』
よく引用される作品で、読んだことがあったが、いちばん印象に残った。話は、幼い妹を連れた少年がデパートのおもちゃ売り場で買い物をする場面から始まる。少年は屋上の観賞魚売り場の鯉を見て、家の池で父が丹精込めて育てている鯉を思い出す。鯉の世話は、自分たち兄妹にとっても楽しい思い出だった。しかし・・・。
鯉の池に隣家の幼女が入り溺れ死ぬというショッキングな事件が起こっていたのだった。二人が帰宅すると幼女の葬式は終わっており、父は鯉をすべて放し、池を潰すことを決める。
読んでいて、話の展開や情景描写が抜群に上手いと思った。昭和のデパートや家庭の雰囲気、そして少年の目を通した登場人物の心情が目の前にありありと浮かび上がってくる。吉村昭は、前に読んだ別のアンソロジーの『少女架刑』もすばらしかった。初期の作品をまた読んでみたいと思った。
『とんかつ』
いかにも教科書向けといった感じの話。永平寺に入門する少年と母親、そして宿の女将のやりとりがあって、一年後の再会がある。骨組みのしっかりした作品で読解ポイントも多い。小説と言うものの仕組みを分かりやすく教えるのにもってこいの作品といった感じがした。
『良識派』
安部公房らしい寓話というかショートショート。これも有名だが、理詰めできれいに仕上がり過ぎていて、あまりおもしろくはない。
『出口入口』
昭和を感じさせるサラリーマンの話。こんな作品、教科書に載っていたのかと思うとなんかおかしい。
『蠅』
まさに新感覚派。昭和60年代だが、なんと中学校の教科書に載っている。こんな話中学生に読ませるのかと思った。
これくらいにしておきます。
辻村深月『ふちなしの鏡』
2冊目は、辻村深月の『ふちなしの鏡』。短編集で、5つの作品が収録されている。内容は、すべて学校が舞台になっていたり子どもたちが主人公になっている話で、ホラーとミステリー、作品によってはファンタジー的な雰囲気も感じさせる。あとがきで作者が、「現実と鏡の境界、真実と夢の境目を失い、ふとしたことで『こちら側』にしみ出してくる世界の存在を感じるのが、大好きです」と書いているが、まさにそういったテイストの作品が揃っている。話の作り方が上手いのはさすがで、読んでいて「おっ、そこでそうくるか」という展開が随所にみられておもしろく読んだ。
それでは、特に良かった2編の感想を。
「踊り場の花子」
プロローグで、学校でいじめに遭っていると思われる青井さゆりという少女が登場する。場面は変わり、夏休みの学校。職員室で一人で仕事をしている高梨を教育実習生のチサ子が訪ねてくる。二人が校舎を歩いているうちに、学校に伝わる怪談の話になり、会話から、青井さゆりが高梨の受持ち生徒で、変死していたということが分かる。そして彼女の死に隠された謎が明らかにされていく。
読んでいて、ミステリー的なおもしろさを感じた作品だった。前半の何げない伏線が後半でみごとに活かされている。犯人が次第に追い詰められていくとともに、現実と夢の境目が薄らいでいくあたりも読みごたえがあった。
「八月の天変地異」
主人公はシンジという小学校5年生の少年。彼はキョウスケという病弱な少年の世話を母親から頼まれ、学校でいつも一緒にいるため、クラスで「イケてる」グループから外されてしまう。シンジはそれをひっくり返すため、麓の小学校に通う「ゆうちゃん」というスーパースターのような親友を作り上げ、いったんは級友の注目を浴びるが、それが嘘だとばれ、逆にイジメに遭う。そんな時、彼らの前に本物の「ゆうちゃん」が出現して、窮地を救ってくれる。
この話は、後半で空想上の人物であった「ゆうちゃん」が登場するあたりで、どういう結末に結び付けるのかと思ったが、なるほどと思った。この話はホラーの要素はなく、ファンタジー風の味付けなのだが、これも伏線が活かされ、最後に一人の少年の存在が浮かび上がってくる。いい話だった。
中島らも『白いメリーさん』
3冊目は中島らもの『白いメリーさん』。これは簡単に印象だけ。
中島らもは、家に8冊ほど本があるがエッセイが多く、どれもおもしろい。これは短編集で、作者独特の不条理な世界が展開する。個人的には、作品との相性がバッチリとはいかなかった。自分が年取ったからかと思ったのだった。