ナラネコ日記

私ナラネコが訪ねた場所のことや日々の雑感、好きな本のこと、そして猫のことを書き綴っていきます。

私の読書 ~ 最近読んだ本 2025年 其の六

なかにし礼『長崎ぶらぶら節』

 今日は読書の話題です。読んだ本2冊について。

 1冊目は、なかにし礼の『長崎ぶらぶら節』。2000年の直木賞受賞作品なので、もう25年ほど前に書かれた小説だ。最近になって初めて読んだ。

 長崎の芸者愛八を主人公として描いた小説で、彼女の子ども時代の明治16年から始まる。愛八は海辺の村から長崎は丸山の芸者置屋に十歳で奉公に出る。器量はよくないが、稽古ごとに精を出し、芸の力で名妓の一人に数えられるようになる。

 話は序盤の第三章から、愛八が五十に近くなった大正時代後半に移る。町でふとしたきっかけで見知った古賀十二郎という学者に惹かれた愛八は、古賀とともに埋もれている長崎の古い歌を発掘するために様々な土地を巡るようになる。愛八は三味線で歌の採譜の力になり、歌の発掘は順調に進み古賀も世間から認められる。

 そんな時、愛八がかわいがっていたお雪という娘が肺病にかかり、愛八は自分の金でお雪の病を治そうとする。そして昭和5年、日本の民謡を発掘していた西條八十に愛八が宴席で披露した長崎ぶらぶら節が認められ、レコード化される。やがてお雪の病も全快するが、愛八は脳溢血で倒れ、六十年の生涯を終える。

 読み終わって、隅々までしっかりと練り上げられ、情緒に溢れた味わい深い小説だと感じた。主人公の愛八の晩年にあたる十年あまりを描いたものだが、男勝りで気風がよく、弱いものを見て放っておくことのできない人情味のある人物像が、生き生きと描かれている。一方で、古賀に対する恋愛感情の発露といった部分は抑え気味で、それはこの物語全体のプロットの中で、男女の愛というものが突出した主題ではないということで、あえてそうしたのだろう。それも含めて、長編小説としての話のうねりの作り方がたいへん上手いと思った、

 文章は装飾が多すぎず、すっきりして読みやすい。会話に方言が多く使われているが、話を読んでいく邪魔にならないのは文章が上手いからだろう。一つ一つの表現から、知らない場所なのに、情景がきれいに浮かび上がってくる。また、歌を採譜するためい、二人がいろいろな土地を回るあたりの展開は、さすがに音楽の世界に身を置いた作者だという感じがした。品のある、いい小説だった。

なかにし礼『長崎ぶらぶら節』

是枝裕和『万引き家族』

 2冊目は、是枝裕和の『万引き家族』。6年前に公開され、数多くの賞を受賞した同名の映画を、監督が自ら小説として著したものだ。逆はよくあるが、映画の小説家というのはあまりない(と思う)。私は元になる映画を観ていないので、純粋に小説として先入観なしにこの作品を読んだ。

 文庫本で300ページほどで6つの章から成る。一つ一つの章には話としてのまとまりがあり、連作短編のような構成でもある。

 第一章の「コロッケ」の最初の方で、治と祥太という父子(実際の親子ではない)がスーパーでコンビとなって万引きをする場面が出てきて、この話の中心となる家族が一般社会でモラルと呼ばれているものを持ち合わせていないことを印象づける。年金生活者の初枝、そして治と信代の夫婦、亜紀、祥太の5人は一つ屋根の下で暮らしているが、血縁関係はない。そして治と信代が団地の外廊下で部屋に入れず座っている幼い女の子を家に連れて帰り、家族は6人になる。

 そんなふうにして、奇妙な家族の話が続く。話が進むにつれ、彼らの出自が明かされていく。治は初枝とパチンコ屋で知り合い、信代とともに家に転がり込んできた。暴力をふるう信代の夫を殺した過去を持つ。亜紀は初枝から夫を奪った女の孫。翔太はパチンコ屋の駐車場の車の中から拾った子。そんな危うい関係の中で、彼らは身を寄せ合って生きている。第五章で初枝が死に、治と信代は初枝の年金を受け取ろうと、初枝を床下に埋めるが、祥太がりんをかばって万引きを失敗したことをきっかけに、一家の状況が明るみに出て、彼らはバラバラになる。

 読んでみて、印象に残る場面が多い作品で、登場人物に感情移入しながら読むことができた。考えさせられたのは、家族というもののあり方、そして人間の幸福ということ。血がつながっていなくても、この小説に出てくる6人は、まぎれもない、愛情で結ばれた家族だ。よその子を勝手に誘拐同然に連れてきて、学校にも行かせず、万引きを教えるなど、世間で言うモラルからはかけ離れたひどい行為だろうが、祥太もりんも、その中で温もりを感じ、自分の居場所としてこの家で生きている。大人たちも同じ。登場人物のほとんどが、生まれた時からの名ではない、自分が選び取った別の名前で生きていることも象徴的だ。

 最終章の終わりに「社会正義」によって「家族」から切り離された祥太とりんが登場する。翔太の未来には光が見えるが、虐待を受けた親の元に返されたりんにはまだ光が射さない。この少女が家族の絆の中に帰れる日があるのか、そんなことを思いながら読み終えた。

是枝裕和『万引き家族』