荻原浩『ちょいな人々』
今年も月に1,2回ずつ読書の話題を入れていこうと思います。今日は最近読んだ本2冊の感想。
1冊目は荻原浩の『ちょいな人々』。電車の中でも読めるちょっと軽めの短編集ということでブックオフで購入。文庫本で40ページほどの話が7編収録されている。書かれたのが17,8年前で、ちょっと古いなと思う話もあったが、そこそこおもしろく読めた。
それでは、4編選んで感想を。
「占い師の悪運」
脱サラして占い師を始めた男がふとしたきっかけで人気占い師になるが、最後は自殺願望を持つ少女を目の前にして、失敗してしまう。不器用で人のいい主人公の哀愁漂う姿がいい。
「いじめ電話相談室」
市役所のいじめ電話相談スタッフの女性の話。真剣に子どもの相談に向き合う主人公と自分の体面のことしか考えない室長や事なかれ主義の周囲の職員の対比が、ほどよく戯画化されて巧みに描かれている。いじめ電話相談室の中で彼女がいじめに遭うという展開は皮肉だ。
「犬猫語完全翻訳機」
ある企業で、ペットの犬や猫の鳴き声を人間の言語に翻訳する「ワンニャンボイス」という新製品が開発される。画期的な商品と思われたのだが、それを実際に使用してみるとどんなことが起きるのかという話。バカバカしい話なのだがよくできている。翻訳された犬語、猫語がおかしくて、笑ってしまった。
「くたばれタイガース」
主人公の女性の恋人は熱烈な阪神ファンで、父親は巨人ファン。恋人が結婚を申し込みに実家を訪れた時、ちょうど巨人阪神戦がテレビで放送されているという話。よくあるパターンの話なのだが、それなりに楽しく読めた。出てくる選手名など見ると、ちょっとなつかしくなってくる。
今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』
2冊目は今村夏子の短編集。今村夏子の本は最近読み始めて、これで4冊目だが、この短編集に関しては、前に読んだ3冊に比べるとやや物足りなかった。というか、あくまでの私の尺度だが、作品のできにむらがあったように思えた。
書かれたのは『むらさきのスカートの女』より前の時期になる。当たり前の日常生活の中で、どこかずれた人物が登場し、話が進むにつれ、隠れていた違和感を読者が感じるようになり、それがじわじわと広がっていくという奇妙な世界。その意味では、作者独特の世界が展開されているのだが、そのずれ方の方向性が作者の持ち味とはちょっと違うなという作品があった。具体的には「ひょうたんの精」「せとのママの誕生日」などは私の好みではなかった。ただ、作品のレビューなど読むと、これらの作品が好きな人もいるので、そのあたりの尺度について語るのは難しい。
それでは、7編の中で気に入ったもの3編を取り上げて感想。
「白いセーター」
主人公の女性が、婚約者と夜、食事に行く約束をしていたクリスマスイブの日に、男性の姉から、幼い甥、姪の世話を頼まれる。ところが連れて行った教会で、大声をあげた甥の口を、とっさにふさいで泣かせてしまい、後で姉との間でトラブルが生じてしまう。短編として、いちばん話がまとまっていた。一見普通そうで、どこかズレている不器用な主人公がいい。「白いセーター」という題名がいい。何気ないクスっと笑えるところがあるのもいい。例えばこんな箇所。(文庫本48ページ)
ー離婚しますか、わたしは伸樹さんにきいた。伸樹さんは、結婚しないと離婚できないよ、といった。
「ルルちゃん」
「わたし」は図書館で知り合った安田さんという中年女性の自宅に招かれ、そこに飾ってあった知育用人形「ルルちゃん」を目にする。安田さんは変な人で、幼児虐待のニュースを聞くと思わずルルちゃんを抱きしめる。安田さんの家から「ルルちゃん」を持って帰ってしまうという「わたし」もどこかズレている。レティというベトナム人の女の子と「わたし」の会話の中で、ルルちゃんについてのいきさつが語られるという構成が上手いと思った。
「冬の夜」
文庫本化されるときに収録された作品。かっちゃんという赤ん坊とその母を描いている。同じ日に生まれたナミちゃんとの対比がいい。淡々と描いている感じだが、日常生活の中に潜む不穏な影がいたるところに顔をのぞかせる。出産した妻の元を訪れ、枕元の病院食をぺろりと平らげ「足りないな」と言う夫。同じ日に出産して同室で過ごしながら5日間、ひと言も会話を交わさない母親どうし。そういったことが当たり前の日常として、突っ込みを入れる視点なしに描かれる。7編の中では、いちばんこの作者らしさを感じた「怖い」作品だった。